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効果モンスター/レベル1/神属性/宇宙人族/攻撃力200/守備力100 このカードの効果は無効にできない。 このカードの効果または発動を無効にする効果を無効にし破壊できる。 このカードが持ち主以外のフィールド上に存在する場合、 このカードのコントロールは持ち主に移る。 自分フィールド上に表側表示で存在する このカードを手札に戻すことができる。 自分フィールド上の「長門」と名のつくモンスターが 戦闘を行う場合、ダメージステップ時にこのカードを 手札からこのカードを捨てることで、そのモンスターの攻撃力は そのモンスターの元々の攻撃力の2倍+戦闘を行う相手モンスターの 攻撃力分アップする。
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一 章 Illustration どこここ 我が社の社員旅行、じゃなくてSOS団夏の強化合宿から帰ってきてからやっと仕事のペースが戻った八月。ゲームと業務支援ソフトの開発とメンテで寝る間もない開発部の連中に気を使ってのことか、俺たち取締役も夏休み返上で出社していた。お盆はどこも営業してないんだからせめて三日くらいは休みをくれと上訴してみたのだが、「社員旅行楽しかったわよねぇ」ニヤリ笑いをしながらのたまう社長にむなしく却下された。俺は合宿でCEOの権利を得たはずなのだが、ハルヒの言う次期ってのが四半期のことを言っているのか営業年度を言っているのか分からず、結局はまだまだ先の話だ。 そういやこの会社に入ってまともな休みはなかった気がするが、それはハルヒが土日にやる突発的イベントのためで、そのほとんどは市内不思議探索パトロールなのだが、疲れ果てた体に鞭打ってまで駅前広場に集合させられるのは確実に俺の寿命を縮めてる気がする。なんでそんなに必死になって不思議を探しているのか、俺たちもう若くはないんだしスタッフの福祉も考えてくれよ。いや、まだ二十四歳の盛りだが。 俺は定時になると長門と退社し、途中でスーパーに寄って買い物などをしつつ長門の部屋でメシを食って帰るという習慣めいたものが定着していた。長門のレパートリーはかなり増えたが、たまに俺の手料理もお粗末ながら披露したりもしている。 食器を片付けて長門は本を開き、俺は静かにお茶をすすっているともう十一時を過ぎていて、いつものように時計を見ながら腰を上げた。 「そろそろ帰るわ。ごちそうさん、うまかった」 「……そう」 暖かく電球が灯る玄関で靴を履いていると長門が俺の携帯を持ってきてくれていた。分かってはいても、いつも忘れる。 俺は少しだけ長門の肩を抱いて髪の匂いをかいだ。サラサラした感触が鼻の先をかすめた。 「……泊まって。……」 長門がぼそりと言った。もっとなにか言いたげな、でも躊躇しているような、そんな表情だった。今日は泊まってと言った。いつもは泊まる?とか、ここで休む?なのだが、今日だけはなぜか違う。今日はなにか特別なことがあったろうか。 「いや、今日は帰るよ。また今度な」 「……」 そのときの長門の表情は、はるか昔のなにかを思い出させた。朝比奈さんと七夕の日にここへ押しかけてきたその帰り、高校一年の五月にここへ呼ばれてハルヒと情報統合思念体のことを教えられたその帰り、それから文芸部の入部届を白紙で突き返したとき。 実に、寂しそうだった。 「な、なあ。よかったらそこまで送ってくれないか」 「……分かった」 俺は確かに長門の部屋に泊まったことがない。夜中の十二時をまわっても、長門の部屋で二人きりで一夜を明かしたことはない。付き合ってそろそろ六年になるが、それくらい共有した時間のあるカップルなら互いの家に泊まったりはふつうよくあることだろう。エレベータの中でそれがなぜか考えたのだが言葉にならない。前にも似たようなシチュエーションはあった気がするのだが、いつだったか思い出せないでいる。 公園が見えてきたので俺は街灯の下の、いつものベンチに向かった。 「ちょっと、座らないか」 「……」 「あのさ長門。泊まりたいのはやまやまなんだが、」 本当は泊まりたいと言いたいのではなく泊まれない言い訳をしようとしていたのだが、長門はそれを遮った。 「……あなたがわたしの部屋に泊まらない理由は、知っている」 「そうなのか。そういう話をしたことあったかな」 「……あなたは覚えていない」 ああ、俺の記憶にはない俺たちの歴史があるんだな。 「そのとき俺はなんて言ってたんだ?」 「……母親にもらった装飾品の話をしていた」 「装飾品?ネックレスとか?」 「……例え話」 よく分からんが、以前にも同じ話題があったらしい。 「なあ、最近エラーはよくあるのか」 「……ここ数年安定している。でも許容範囲を超えてピークに達することもある」 「ピークってどんなときにだ?」 「……あなたの背中を見ているとき」 帰ろうとする俺を玄関で見送るとき、光陽園駅で別れるときのことだ。俺が帰った後の長門はどんなことを考えてなにをしているんだろう。独りぽつねんと食器を洗い、部屋をかたづけているのだろうか。青白い蛍光灯の下で茶をすすり、ごそごそと冷たい寝室に入る。眠るときはいつも猫を呼んで抱いて寝ているのを俺は知っている。 こいつは寂しいという言葉を使ったことがない。そのエラーはたぶん、そういう感情から生まれているんだと思う。俺は長門の肩を抱き寄せて手を握った。 「なあ、せっかく携帯があるんだからもっと会話に使おうぜ。同じ電話会社だからタダなんだし」 「……」 「別に用事がなくてもいい、声を聞きたいだけでもいいんだ」 「……分かった」 長門はポケットから携帯を取り出した。こいつとのメールのやりとりも待ち合わせやら仕事上の連絡事項がほとんどだ。もっとバカ話をしてもいいし、意味不明な宇宙論を話してくれてもいい。喧嘩はしたくないが、そういうのもあって悪いもんじゃない。離れていても会話を重ねていけば近くにいるような気になれるというか、物理的な距離をそうやって精神的な距離で縮めていく、というか。 「……もしもし、長門有希」 「もしもし。俺だ」 「……」 目の前にいる相手になにを話せばいいの、と、首をかしげて俺を見ている。 「じゃあ、俺そろそろ行くわ。また明日お前の顔を見たい」 「……分かった。おやすみ」 「待て待て、まだ切るな。こうやって話しながら少しずつ離れていけば、」 俺は街灯の光で柔らかく影を作っている長門の顔を見ながらあとずさった。 「まだそこにいるような気分になるだろ」 「……」 長門には分からないか、この名残という感覚。 『……体温が残っているのは分かる』 「ま、まあそれに近いもんだ」 俺は夜道を歩きながら、どうでもいいような話を続けた。バカップルがよく「今コンビニの前歩いてる~」とか「階段あがる~」などとやっているのを見かけるが、まさか自分が同じまねをするとは思いもしなかった。 「俺が帰った後はなにしてんだ?」 『……食器を片付けている』 「ほかには?」 『……ミミのエサを補充』 「それから?」 『……布団を敷いて寝る』 やっぱりそれだけか。 「じゃあ寝る前に電話をくれ。少し話をしてから二人で眠ろう」 『……分かった』 俺が飽きたり忘れたりしなければ続けられるはず。 『……着信が入った』 「電話か、じゃあ終わったらかけなおしてくれるか」 こんな夜中に電話なんて誰だろう。大学院の知り合いか、いやいやハルヒ以外には考えられない。 五分くらいして長門からかかってきた。 「おう、済んだか」 『……終わった』 「当ててやろうか、今のハルヒだろ」 『……そう』 「こんな夜中に何だって?」 『……とりとめもない、女同士の与太話』 長門が女同士の与太話って言ったか今。 「それ、ハルヒにそう言えって言われたのか」 『……そう』 「で、なんの話だったんだ?」 『……それは、内緒』 なんだか陰謀くさいものを感じるのは気のせいか。 「じゃあ、ハルヒには内緒でその内緒話を教えてくれ」 『……それは、契約に違反する』 哀しいことに最近の長門は簡単には騙されてくれない。 「すごく気になるんだよなあ。眠れなくなる」 『……あなたのこと』 「俺の噂してたのか」まあ女同士ってのはそういうもんだろう。 『……あなたをわたしの部屋に引き止められたかどうか』 な、なに。今日のあのなんともいえない寂しそうな表情はもしかしてハルヒの仕込みだったのか。 『……涼宮ハルヒとはたまにそういう話をする。あなたには言えないような、話』 「で、なんて答えたんだ」 『……玉砕した、と』 こりゃハルヒに一度、俺と長門の恋愛について釘をさしておく必要があるな。俺たちはふつうの男と女がやるような付き合い方はしないんだと言って聞かせないといかん。また長門にヘンなことを吹き込まれてはかなわんからな。 しかし俺のことがハルヒに筒抜けだったとは、弱みを握られてるも同然じゃないか。まあ長門もほかに相談する相手もいないだろうし、しょうがないといえばしょうがないことなんだが。 「いいか、あんまりハルヒの言うことを真に受けるなよ。あいつは俺たちをラブロマンス映画のキャストかなんかだと思ってんだからな」 『……それはそれで、楽しい』 いかん、完全に毒されてるな。 「それで、ほかにはなんて?」 『……涼宮ハルヒと古泉一樹の状況について』 キター!!ハルヒと古泉の生々しいスキャンダル。あいつらあれからどうなってるのか俺も知りたかったのだが、古泉が貝のように口を閉ざしてひと言も言わないんで気になっていたところだ。 「それは面白そうだ。俺にもぜひ聞かせてくれ」 『……だめ』 「教えてくれよ。きっと赤裸々な話が展開されているに違いない。あいつらいきなりやっ、ゲフンゲブンしちまうくらいだからな」 『……泊まったら、話す』 むぅ、巧妙な根回しに出やがったな。俺がうーむと唸っていると、 『……今のは、冗談』 長門、お前の冗談はいつもきわどいんだから、せめて予告くらいしてくれよ。 それからなんとかハルヒと古泉の私生活を聞き出そうとしたのだが、頑として教えてくれなかった。ということは俺たちのこともそれなりに秘密は守られているってことだよな。秘密ってのがあるのかどうか分からんが。 「家に着いた」 『……おつかれ』 「シャミが足にまとわりついてる。運動不足で丸々太った」 『……そう。耳の後ろをなでて』 俺は歳をとってそろそろ毛並みのツヤがなくなってきたシャミセンの、耳の後ろをかいてやった。 「おいシャミ、この電話の向こうにいるのは長門だ、分かるか」 猫相手になにやってんだろうね俺、と恥じ入っているとスピーカーから猫の鳴き声がしてきた。それって江戸屋猫八バリの声帯模写ですか。しかもサカってる猫の声だし。 「風呂に入るから、一旦切るわ」 『……分かった』 にしてもハルヒのやつ、味なまねをする。俺がこういう恋愛に慣れていなくて、たぶん長門も戸惑うことが多くて、誰に相談するともいかないようなボタンの掛け違いを、見かねたハルヒが間に入って俺たちを和ませているのだ。 俺と長門の付き合い方についてあいつが正面から意見することはない。俺が反発するのが分かっているからな。長門を焚きつけて妙な行動をとらせることはたまにあるが、あれがハルヒ流の恋愛なのだ。ジョンスミスをみすみす逃してしまい(シャレじゃないぞ)、十年も探した挙句がすぐそばにいたという灯台下暗し的運命の出会いが、ハルヒをそうさせているのかもしれない。あいつの奇矯ぶりは恋愛観にまで達してしまっている。中学生の頃は男をとっかえひっかえだったらしいしな。まあその要因を作ったのは俺なのだが。 俺が中学生のハルヒの恋愛観を作り、ひたすらジョンスミスだけを待ちつづける人生を過ごさせてしまったのだが、当の本人である俺が長門と付き合うきっかけを作ったのは、何の因果であろうハルヒ自身なのだ。 ぬるい湯船に浸かってまったりとそんなことを考えていると深夜零時を過ぎていた。俺は慌てて長門に電話をかけた。 『……ジュル。もしもし、こちら情報統合思念体主流派』 長門、寝ぼけてるんだよな。 みんなが寝静まった頃、足音を忍ばせてキッチンに入ると冷蔵庫に俺宛の手紙が貼り付けてあった。往復ハガキだった。高校のときのクラス会をやるので出席と欠席のどっちかに丸をつけて返信を出せということだった。 「同窓会って、今頃やんのか?」 まあ世間的には夏休みで、みんな働いていて忙しい身の上なら時間を作って会うには今時分が適当か。中央やらよその地方やらに出ていったやつも帰ってくることだし。 差出人を見ると阪中になっていた。あいつももういい歳だよなあ。って俺もだろ、などと独り突っ込み的感慨にふけっているとおかしなことに気がついた。阪中が俺にハガキをよこすはずがない。俺が改変した歴史だと五組にいたのは古泉で、俺は隣の六組にいたはずなのだ。もしかして学年合同でやるのかと裏書を読み返してみたが、ちゃんとクラス会と書いてあり頭の周りでクエスチョンマークが渦巻いた。 不思議に思って古泉の携帯にかけた。 「古泉、遅くにスマン。今いいか」 『少々お待ちを』 数秒して『どうぞ』と返ってきたのだが、後ろでハルヒの甘えた声らしきものが聞こえていたのは気のせいってことにしとこう。 「阪中から俺宛に同窓会の案内状が来てたんだが、」 『ええ、高校のときのクラス会ですね。僕のところにも来てますよ』 「改変した歴史の俺って一年六組の生徒だったよな。なんで俺に来てるんだろう」 『はて、なぜでしょう。あの後、朝比奈さんの組織がフォローにまわったと言ってましたよね』 ちょっと困ったことになった。つまり俺の改変した歴史と、改変前の俺自身の記憶と、それから朝比奈さん達がフォローした歴史が存在することになる。いったいどれが正しい歴史なのか、ちょっとどころか俺とクラスメイトの記憶が一致しなくて会話が成立しない事態になりかねん。 『僕も自分の歴史がどうなっているか気になるので、機関のデータベースを調べてから折り返しお電話します』 「すまんが頼む」 つまり当事者の俺も三パターンの歴史を覚えてないといけないってことだな。ややこしくて頭痛に襲われそうだ。あのとき朝比奈さんが怒髪天を突く勢いで怒った理由が今さらながらに身に染みて分かった。 五分後、携帯が鳴った。 『どうも古泉です。お待たせしました』 「どうだった」 『あなたの周辺はかなりカオスな状態になっていますね』 「カオスって具体的にどうなってるんだ」 『改変前は涼宮さんの周辺で起こった出来事のうち、大部分はあなた自身がトリガになっていまして、それを修復するために朝比奈さんたちが無理やりあなたを動かしているようです』 「お前が肩代わりできなかったのか」 『もちろん僕自身も駆り出されているようです。ですが、フォローするにもやはり限界があったのでしょう。たとえば涼宮さんと口論するイベントなどは、僕というキャラクタには無理ですからね』 ハルヒを怒らせる役回りは俺にしかできないってことか、なんだかこの問題はこの先もずっとついてまわりそうな悪い予感がするぞ。 『日誌には修復の痕跡が見え隠れしていまして、かなり苦労したようです。ある部分はどうしようもなくてツギハギ状態のようなありさまで』 「つまり俺の周りだけ歴史が茹ですぎたスパゲティ状態なのか」 『簡単に言えばそういうことです』 電話の向こうで古泉のニヤニヤが見えるようだ。 「それは今後朝比奈さんと相談しつつなんとかしよう。話は戻るが、俺は長門と同じ六組のはずだよな」 『記録によると、四人とも二年になってから五組になっていますね。涼宮さんとあなたが別のクラスだと発生しないイベントがあったのでしょうか』 イベントイベントってギャルゲのフラグっぽいんだが、全員が同じ部屋に押し込められたのか。なんだかもう、未来人もデタラメだなあ。 「俺に関する当時の資料をもらえないか。自分の記憶と一致させねばならん」 『あいにくとすべて機密扱いなので簡単には持ち出せないのですが』 「お前の力でなんとかならないか。歴史改変の事情は幹部も知ってるだろう」 『なんとか取り計らってみましょう。改変のおかげで機関内での僕の地位も上がってますし』 「昇進したのか」 『戻ってきたらシニアチーフになっていました』 チーフにシニアがついたのがどれくらいの待遇向上なのかは分からんが、きっとボーナスがいいんだろうね。 『それはいいとして、あの頃に収集された情報は相当な量になりますが』 「できれば概要だけ頼みたいんだが」 つまり俺が改変した歴史がどうなったかかいつまんで教えろ、と俺は言っているのだ。自分で言っててなんて勝手なやつだとは思うのだが。 『かしこまりました。明日の朝一までにそろえておきます』 いつもながら、古泉のこういう手配力には頭が下がる。また借りができたな。 「すまんな」 『いえいえ、これくらいお安い御用です』 次の日、職場で受け取った書類の量はまじにハンパではなかった。古泉は三百ページはありそうなA4用紙の束をドンと机の上に置いた。 「十一年前の七月七日から、あなたに関する情報を抜粋したものです。これでも全体の十パーセント程度に減らしてあります」 古泉はこれ見よがしに前髪をさらりと跳ね上げ、オレっちはこれが仕事じゃけんのうと鼻を鳴らしそうな勢いだった。まあ俺が頼んだことなんで、突っ込むわけにもいかん。腹立たしいことだ。 全ページにCONFIDENCIALと赤くスタンプが押してある。ページをめくると、まずこの資料をまとめた人間の俺に対する所感が書かれていた。モラトリアム、自主性に欠ける、行き当たりばったりで人生の目的が不明瞭などとかなり辛口だったが、俺が古泉に電話したのが昨日の零時くらいだから、きっと徹夜仕事でイライラだったんだろうなあと同情しそうなくらいに気持ちが文面に漏れていた。それから目次、続いて十一年前からの月次レポートと年次レポートで俺の行動が事細かに書かれていた。といっても概要だけらしいのだが、自叙伝でもここまで詳しくは書けないぞ。 「いかがですか、自分の観察記録を読んだご感想は」 「まだ読んでる途中だ。なんというか、俺が一冊の本になってるな」 機関の設立はあの七夕の日から数週間後らしい。まあハルヒに超能力を与えられて即日組織化されるってのも急すぎて人間技じゃないからな。七夕事件のことは機関の運営が軌道に乗ってから遡って調査したことらしい。つまり人づてに聞いたことをまとめたのか。 あんなこともあったこんなこともあったと、第三者視点の我が人生の記録をしみじみと読んでいる俺だった。他人の目にはこんなふうに映ってたんだななどと相槌を打ったり、かたや、あのときは違うんだよ俺のせいじゃないんだってばというようないい訳じみた独り言をブツブツと吐いていた。 俺の記憶とは部分的に違う二年五組の様子を読んでいるところで携帯がブルブルと震えた。知らない番号からだった。 「はい、もしもし」 『阪中だけど、キョンくん?』 かなりドキリとした。同級生に会うのにこれから丁寧にアリバイを用意しようと考えていた矢先に突然電話がかかってきちまったんだもんな。 「お、おう。阪中か。久しぶりだな」 『ほんとにお久しぶりなのね。ハガキ届いたかしら?』 「来た来た。たぶん出席できそうだ」 『そう、よかった。折り入ってお願いがあるのね』 「いいけど、なんだ?」まさか俺に司会をやれとか言うんじゃあるまいな。 『涼宮さんと同じ職場にいるって聞いたんだけど』 「そうだが。同じというかあいつが社長でな」 『そうそう、聞いてるわ。涼宮さんを同窓会に連れてきて欲しいのね』 「自分で頼めばいいだろう」 『それがね、毎年誘ってるんだけどいつも断られるのよ。同窓会が嫌いみたいなのね』 まあ、前進あるのみで過去にはこだわりたくないっていうハルヒの考え方は分からんでもないが。 「阪中が頼んでだめなら、俺が頼んでも無理だと思うが」 『そこをなんとかお願い。あなたなら涼宮さんを動かせるんじゃないかって』 またそれか。ハルヒのお守り役は古泉に譲ったはずなんだが、そのへんは修復で元に戻っちまったんだろうか。 「そういう話は古泉のほうがいいと思うぞ。なんせカレシだしな」 『頼んではみたんだけど、自分じゃ無理みたいだからキョンくんに頼んでくれって』 なんだあいつ、自分が説得できないからって俺に鉢をよこしたのかよ。 「しかしなあ、ハルヒが嫌がってるんだったらテコでもクレーンでも動かんと思うが」 『みんな涼宮さんの話を聞きたいのよ。あたし達の間で社長にまでなったのは涼宮さんだけなのね。出世頭っていうのかしら』 出世頭か、その言葉は俺にもグッと来た。高校大学と奇矯なまねばかりしていたハルヒだが、見るやつが見ればなにかでかいことをやるやつだという予感めいたものがあったに違いない。そこで二十四歳にしてこの社長椅子に座ってるとなりゃ、堅物の岡部でさえグッジョブを出すに決まってるさ。 「分かった。俺がなんとかする」 『ほんとう?ありがとう。じゃあ四人とも参加にしとくわね』 四人って?と問い返そうとしたのだが、じゃあよろしくね!と勢いよく切られてしまった。俺達全員が同じクラスってことは古泉と長門のことも頼んだってことなのか。やれやれ。 「なんであたしが高校のクラス会なんかに出なくちゃいけないのよ」 「無理に行けとは言わんが、お前の代わりに出席の返事をしちまったからなあ。お前が行かないと古泉も行かないだろうから、俺が会費を払わされることになる」 「あんたが勝手に返事をするのが悪いんでしょ。あたしの知ったこっちゃないわよ」 「毎年やってんだからたまには顔を出せよ。お前がいないとメンツが締まらない」 「あたしは同窓会と名のつく集まりは嫌いなの」 「なんでだ?昔遊んだよしみじゃないか」 「イヤよ。年取って小じわが現れたのをお互いに数えあうなんて。昔の顔と比べて使用前使用後みたいな集まりは」 同窓会は別に化粧品の実演販売じゃないんだが、うまいこと言うな。 「メンツの中で社長やってるのはお前だけなんだよな。なんつーか、みんな聞きたいわけだよ。お前のサクセスストーリーを」 「社長なんてその気になりゃ誰でもなれるわよ。とにかくあたしをネタにして酒を飲もうなんてお断りよ」 やっぱりというか思ったとおりの反応というか、幹事をやっている阪中に拝み倒されて事後承諾みたいにしてOKを出した俺がバカだった。今は反省している。 「まあそこまでイヤだっていうんならしょうがない。俺が自腹でお前達二人分の会費を払うしかないな。せっかく古泉をお披露目できるチャンスだったんだが……」 最後のはボソボソともったいつけて言った。 「お披露目ってなによ」 「知らないのか、八年も付き合いのある同級生を彼氏に持ってるってのは希少なんだよ。あいつらはそういう話をうらやましがるのさ。幼馴染みの彼氏に近いかもな」 「そ、そうかしら」 ハルヒがポッと顔を染めた。ふっ、釣れたな。だがまだ引き上げないぞ。 「いやいいんだ、気にするな。俺もあんまり同窓会って集まりは行きたくないしな。気持ちは分かる」 「あんたが払えないんだったら行ってあげてもいいわ」 「忙しいんだろ、無理すんな。会費くらいなんとか払える」 「いいの、あんたの寒い懐具合を凍らせたら有希がかわいそうだから」 「今月は余裕あるから大丈夫だ」 「あたしも行くつってんでしょうが!」 くっくっく。とうとう切れやがった。 とは言うものの、古泉はあまり乗り気ではないようで、仕事にかこつけて後から顔を出しますとごまかしていた。この古泉の記憶にはないクラスメイトの、しかも彼氏を見せびらかすだけの同窓会になんて喜んでついていくわけがない。 飽きもせず毎年やっているだけあって集まるメンバーにそんなに違いはないんだが、来るやつは毎年来るし来ないやつは招待のはがきを出そうが電話をかけようが絶対に来ない。よっぽど学生時代にいやな思い出でもあったんだろうか。かつての担任岡部は呼ばれればまめに顔を出しているようだが、今年は来ていないようだった。 「やあキョン、来てたんだね」 「キョンよお、お前あいかわらず涼宮とつるんでるんだって?」 国木田と谷口がコップを握ってにじり寄ってきた。なんで知ってるんだこいつ。こいつらの記憶と俺の記憶がどこまで一致しているか果たして疑問だが、適当に話を合わせておこう。 「あの頃のクラスメイトが集まって昔話に花が咲くといや、必ず一度は涼宮の話になるもんさ」 「あいつとは腐れ縁だしな。俺もそういう星の下に生まれたんだとそろそろ諦めの境地だ。俺だけじゃない、四人ともだ」 「キョン、涼宮さんと会社作ったんだって?」 「ああ。なにがしたいのかよく分からん会社だがな」 「いいよなあお前ら。俺も雇ってくんねえかな」 お前が宇宙人未来人超能力者のどれかに属するなら考えてやらんこともないが、それよりお前にハルヒのお守りが勤まるとは思えんので却下だ。 「長門有希とはまだ付き合ってるのか?」 谷口は、別れたならぜひ自分がカレシ候補にとでもいいたげな目をして、ヒシと俺に問いかける。 「ああ。ハルヒと一緒にいるはずだが」 俺は遠目に、いい歳になった女どもに囲まれているハルヒのほうを指差した。歳をとってハルヒも多少なり角が取れ、あの頃話もしなかったクラスメイトともちゃんと会話しているようだ。 谷口は目を細めて長門を探していた。 「おーおー、長門だ。ほかの女どもがすでに下り坂ってえのに、あいつはぜんぜん変わらんな」 なんだその黄色い道路標識みたいな下り坂ってのは。女子連に聞かれたら締め上げられるぞ。 「長門さん、きれいになったねえ」 「ほう、国木田には分かるのか」 「そりゃ分かるよ。女の人は恋をするときれいになるんだ」 意外に見る目あるんだなこいつは。国木田の左手薬指にはもう指輪がはまっていた。こいつは結婚が早かったと聞く。 「お前らあんまりジロジロ見るな。女は長門だけじゃないだろ」 「見たって減るもんじゃねえだろ。男なら誰だって六年経ったアレがどんな姿になってるか、気になるだろうがよ」 気持ちは分からんでもないがアレ呼ばわりはないだろ。 「にしても、まさかお前がトリプルAの長門有希と」 「Aマイナーじゃなかったのかよ」 「俺のランキングは市場連動型なんだよ」 「なんだそりゃ」 「朝倉みたいな清純派はあの時代にはハイクラスだったが、今は萌えだ、萌えの時代なんだ」 こいつもまたハルヒみたいなことを言い始めたぞ。 「なるほどな。お前あの頃は朝倉が好きだったもんな」 谷口がポッと顔を赤らめた。 ── 俺の記憶によればだが、高校三年のとき俺と長門が付き合いはじめたことが谷口の耳に入るのは朝のラッシュアワーをすっ飛ばして行く原付よりも早かった。こいつには一度長門と抱き合っているところを見られた経緯もあって、二人の仲はずっと疑われていたらしい。あのとき谷口は俺のネクタイをハルヒ張りにひっつかんで締め上げた。 「キョン、お前長門と付き合い始めたってほんとか!」 「く、苦しい離せ。ハルヒに告げ口したのはお前だろ。おかげでとんでもない目にあったぞ」 「キョンが人気のない教室で抱き合ったりするから噂が立つんじゃねえか」 「いやあれは抱き合ってたんじゃなくて長門が具合悪そうだったから支えてやってたわけでだな」 「この期に及んでそんな言い訳が通用するか、よっ」 ふざけているのかまじめなのか分からん谷口に腕卍固めを決められてマイッタを何度も叩いている俺だった。 「で、長門有希のどこに惚れたんだ?」 どこと申されましても、俺と長門の関係が曖昧すぎてハルヒが付き合うのか付き合わないのかはっきりしろと怒ってそれで強制的に団公認みたいな流れになっちまったんだが、なんてことを言ったら谷口は切れるだろうな。俺はただひと言、 「萌えた」 このセリフが予想以上に谷口にショックを与えたようで、やおら涙目になって、 「末永くお幸せにっ」 ごゆっくり、のときと同じシチュエーションでダダダッと駆け出して教室のドアをガラガラピシャっと閉めて出て行った。いったい何があったんだとシーンと静まり返った教室内に谷口の賭けていく足音だけが遠く遠く国境を越えてカナダにまで行ってしまいそうな勢いで聞こえていた。 今じゃなつかしい、恥ずかしい話だ。こいつの歴史と一致するのかどうかは知らんが。 「谷口は長門にも惚れてたのか」 「おうよ、キョンが長門と付き合いだしたって聞いてそりゃもう逆上もんだったしな」 どうやら一致してるらしい。 「お前らは知らないだろうけどな、俺あのときマジ泣きしたんだぜ」 いや、知ってたから。みんなの前で十分涙流してたから。ついでに言うと翌日から下級生を手当たり次第ナンパしてたのも知ってる。欲をかいて新卒の研修生にまで声をかけてひっぱたかれたのも知ってる。さらに近所の中学生に、 「分かった、分かったからもういいって」 「あははは、あのとき谷口が生徒指導室に呼ばれたのはそれでだったんだね」 「頼むから思い出させないでくれ。酔いが覚めちまう」 「お前は女のことになると見境がないからな」 「あれは俺なりの治療薬なんだよ。女で受けた傷は女で癒せ、って昔からいうだろ」 それは寝取られたときとかに使うセリフだ。お前が勝手に空回りして傷ついてるだけじゃないのか。 谷口がぼそりと言った。 「あーあ、朝倉に会いてえぜ。今ごろどうしてんだろな」 今からでもカナダに行っちまえよ、などというと本当に行ってしまいかねんやつなので言わなかったが。 二次会が終って三次会のカラオケに付き合い、ほろ酔いの頭でそろそろハルヒと長門を連れて帰らなきゃなと見回してみたがすでに姿はなかった。そういえば一次会の終わりごろ古泉がちょこっとだけ顔を出して一緒に帰っちまったな。やっぱりあの三人がクラスにふつうに溶け込むにはキャラが立ちすぎてたか。 その後の記憶は曖昧なのだが、ただ谷口が俺に向かって言ったことだけはかすかに覚えていた。 「キョン、ちゃんと呼べよ?」 谷口がなんのことを言っているのか、酔った頭で数秒考え、 「おい、何のことだ?」 もう一度谷口を見たがタクシーはすでに走り去っていた。 それからどうやって家に帰ったのか、一切記憶がない。 目が覚めたのはたぶん夜中だったと思う。俺のベットで隣に誰かが寝ていた。部屋は暗く、物音はなく静かだ。顔を横に向けてみると、見慣れた顔がそこにあった。長門がうつ伏せで眠っていた。肘を曲げ、口元に軽く握った手を置いていた。耳を澄ますとスゥスゥという寝息が小さく聞こえる。 ああ、俺は夢を見ているんだなと思った。昨日は飲みすぎたからな。こういう夢なら大歓迎だ。ハルヒと夜の校庭を走り回ったりするんでなければな。 俺は長門の顔をじっと見ていた。すやすやと、吐息に合わせて髪が揺れる。いい夢だ。 …………。おかしい。この夢、いっこうに覚める気配がない。不思議に思って右のほっぺたをつねってみたが現実に近い痛さだ。左のほっぺたをつねってやっと理解した。ベットだと思っていたのは実は敷き布団で、自分の部屋にしちゃ三十センチくらい天井が高いなと感じていたのは、実は長門の部屋の天井だったのだ。俺はガバと飛び起きた。 「な、なんで俺がここにいるんだ!?」 声は出さなかったが、心の中で叫んだ。 ええっと、昨日なにがあったんだっけ。確か同窓会でだいぶ飲みすぎて、あ、誰かに抱えられて歩いたな。記憶の中で、ふらふらと歩いている自分の映像のあちこちに長門の顔があった。自宅に戻るつもりがここに押しかけちまったのか。しかも酔っ払ったまま。しまった、長門に嫌なところを見せちまったな。まさか長門を襲ったりしてないだろうな俺。……記憶がぜんぜんない、冷や汗もんだ。 俺は布団から抜け出た。そこは和室だった。朝になって長門になんて説明しよう。音を立てないようにそっとトイレに行ってシンクで顔を洗った。顔がやたらベタついていた。ザブザブと洗ってふと顔を上げると、鏡の中の俺はひどい顔をしていた。髪はぼさぼさ、顔色は悪く目の下にクマができていた。 あれ、俺、長門のパジャマを着てる。と思ったがボタン穴が左で男用だった。そういや長門は同じのを着てたな、ということはおそろいのパジャマか。俺は想像した。酔ってヘロヘロになった俺が長門の部屋のドアをガンガンと叩いて起こす。長門はしょうがなく俺を中に引き入れて水を飲ませる。俺はそのまま倒れこんで眠ってしまい、長門がパジャマに着替えさせる。頭を抱えたくなるようなシーンだった。 それにしても……前にも見た気がするがいつ買ったんだこのパジャマ。俺はハッとした。長門がこれと同じ緑色のパジャマを着ているのを最初に見たのはいつだっただろうか。昔、あいつが熱かなんかで寝込んだときだったような気がする。ありゃまだ俺たちが高校二年くらいのときだ。あのときすでにこのパジャマがここにあったんだとすれば、長門は俺が泊まることを予測していたわけだ。 俺は鏡の前に立ててあった新品の歯ブラシを取った。硬めのブラシしか使わない俺用だった。コップとその横に二日酔いの薬が置いてある。 「長門……」 はみがき粉も俺が自宅で使っているのと同じやつだった。 歯ブラシをくわえ、口を泡だらけにしてこっちを見ている男が鏡に映っていた。そいつが言った。 ── ここが、お前の帰る場所なんだよ。 その意味はなんだ?俺はがしがしと歯を磨きながら複雑な表情をした。男がまた言った。 ── もう、自分の居場所を決めてもいい頃だろ? 「黙ってろ」俺はタオルで鏡をはたいた。電気を消すと鏡の中の男がニヤリと笑った、ような気がした。 暗いリビングに戻ると、俺のスーツとシャツがきちんとハンガーにかけてあった。テーブルの上に乗っていた携帯を開くと午前二時半だった。メールも着信もない。ふと、発信履歴を見てみると夜中の一時ごろに長門にかけている。うわ、まったく覚えてないぞ。なに話したんだ俺。長門を怒らせるようなことを言ったんじゃあるまいな。情報連結解除されたらどうしよう、このまま逃げ出して自宅に帰ろうかなどと古泉と同じ穴の二の舞をやっているような気分になった。 和室をのぞくと俺が抜け出したままの布団に長門が眠っていた。俺は足音を立てないようにそろそろと布団に近づいた。 カーテンのない窓から、月の光が差し込んで長門の顔を柔らかく照らしていた。シンと静まり返った部屋の中で、長門の吐息だけが小さく波を打っていた。 俺は長門の隣で横になってその寝顔を見ていた。布団の上に青白く冷たい光が長門の顔の形に影を作っている。寝顔を間近で見るのはあまりなかったと思うが、覚えている限りではたぶん二度目くらいだろう。じっと見つめていると、スヤスヤと寝息を立てる長門の半開きになった柔らかそうな唇に引き寄せられそうになったが、起こしてはまずいと思い自分を抑えた。 こいつに会ってそろそろ八年だな。もっとも、長門からすると十一年くらいか。いや、終わらない夏休みとかタイムトラベルとか歴史のループを合わせるといったいどれくらいになるのか見当もつかん。なんて感慨にふけっている俺だが、この数年間は実にあっという間だった気がする。会ってからずっと、俺も長門もハルヒという台風の目に振り回されっぱなしだった。困ったときはいつでもこいつを頼った俺だった。こいつのために俺がなにかしてやったことがあったっけ。思い出せない。せめてそばにいてやることくらいはしてやりたい。そう、ここ、長門の隣。ここがたぶん俺の……。鏡のあいつ、なんて言ったっけ。 そんなことを考えているうちにまた眠りに落ちた。長門のかわいい寝顔がいつまでも目蓋の裏に焼きついていた。今度はいい夢を見れそうだった。 二章へ
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長門有希の憂鬱Ⅰ 三 章 俺はひどい頭痛と轟音とともに目が覚めた。 自分がどこにいるのかしばらく分からず、起き上がったところで天井に頭をぶつけた。 あれ、こんなところに天井があったかな。 そうだった。俺は泊まるところがなくてホームレスに段ボール箱を借りたんだった。 頭上では電車がひっきりなしに行き来している。 俺はそろそろと箱の外に出た。寒い。震え上がってまた中に戻った。 段ボール箱の中、意外に保温性があるんだな。手放せないわけだ。 俺はジャンパーを着込み、身をすくめてやっと外に出た。 一晩の宿は冷蔵庫の箱だった。それを見てまた寒気がした。 時計を見ると七時だった。おっさんたちはまだ寝息を立てているようだ。 俺はサンちゃんの家に、その玄関らしきところからありがとうと書いたメモに千円札を挟んで差し込んだ。 もしかしたら明日も世話になるかもしれない、などと不安と期待の入り混じった気持ちを残しつつ、その場を離れた。 俺は駅のコインロッカーに荷物を取りに行った。 重たい文庫の山が入ったバックパックを取り出した。 財布の中身を確かめた。残りはあと三万ちょいだ。 確かに金がないと身動きが取れない。古泉、恩に着るぜ。 俺は極力節約することにした。簡単に考えていたが、五万という金額はあっという間に消えてしまうだろう。 このままいけば金は確実に底をつく。それまでに長門を見つけないとな。 背伸びをしても腰が痛い。 風呂にも入りたいが、この辺に安い銭湯とか健康ランドみたいな施設はないだろうか。 この時間にやってるはずもないよな。 二十四時間営業のネットカフェならシャワーがあるな。 もう七時だから十八才未満でもかまわんだろう、ついでに飯も食おう。 俺は六時間パック料金を払い、とりあえず昼まではここで過ごすことにした。まだ眠い。 シャワーのお湯はややぬるいが、ホコリと排気ガスにまみれた俺にとっては天使の水がめから流れ落ちる滝だった。 ほんとはブースとかフラットシートでゆっくりしたかったが、料金が安いオープン席にした。 パソコンの前に座り、ヘッドホンをかけて音量をミュートにし、そのまま腕を組んで眠り込んだ。 画面にはスクリーンセーバが写っているだけだった。 「── お客様、お客様」 店員に起こされた。 「そろそろお時間ですが、延長なさいますか?」 ああ、もうそんな時間か。俺は口から垂れていたよだれを拭いて、一旦出ますと断った。 六時間もこの姿勢でよく眠れたもんだ。立ち上がって背伸びをした。夢さえも見なかったようだ。 朝飯を食うのを忘れていたせいか、心地よい空腹感を感じた。 ちょうど一時だ。飯を食ってサイン会場に向かおう。 昨日訪れた書店に向かった。 エスカレータを降りてすぐ、もう人だかりが出来ているのが見えた。 谷川流先生サイン会にお越しのお客様は並んでお待ちください、と立て札に書いてあった。 しょうがない、最後尾で待つか。先着百五十名とあったから、俺は百五十番目くらいか。 女子学生やら、見るからにアニオタ少年やら、中年のオバさんやらに混じって耐えること耐えること小一時間。 二時十五分ごろ、行列にようやく動きがあった。前のほうで拍手が沸いたので、先生とやらが登場したのだろう。 ポップやら登りやらが取り囲む中で、テーブルについた中年の(おっさんと言っちゃ失礼かもしれないが) 痩せ型の青年がいた。中年の青年って何だ?まあその間くらいか。 テーブルには文庫が平積みしてあった。そこには俺が持っている十三巻はなかった。 行列も終盤、谷川氏の笑顔にやや疲労が見える。 「谷川……さんですか」 「そうです」 「サインお願いします」俺はバックパックから昨日買った文庫を取り出した。 「はい、お宛名は?」谷川氏はマジックを取り出してキャップを外した。 「キョンです」 「え?キョン君?」ウケを狙ったわけじゃないんだが、谷川氏は笑いそうになった。 それから俺はバックパックから例の文庫本を出して見せた。 「ちょっとこれのことで内々にお話したいことが」 「……」谷川氏には分かったようだ。俺が持っているこの十三巻は、まだ存在していないはずだ。 「十五分ほど時間取っていただけませんか。重要なんです」 「あそう。……じゃあ、五時ごろマルビルのスタバで会えるかな?」谷川氏はこっそり耳打ちした。 「分かりました。じゃあ五時に」 俺は礼を言ってその場を離れた。 谷川氏は次の客がサインをせかすのに笑顔を見せながら、片方で怪訝な顔をしていた。 ええと、マルビルってどっちだ。 俺はそれからの小二時間を一杯のチャイラテで過ごした。 こないだまとめ買いしたハルヒの文庫本を読みつづけた。 これに書いてあることは、すべて事実だ。 俺にもよく分からんのだが、ここまで忠実に表現できるのは、 谷川氏と俺のいた世界には密接なかかわりがあると考えるのが妥当だろう。 店員がチラチラとこっちを見るので、チャイラテをもう一杯頼もうかどうしようかと考えていたら、腕時計が五時を回った。 しばらくして谷川氏が入ってきた。こっちに気がついて手を振った。俺は椅子から立ち上がって深くお辞儀をした。 たぶんこの人にしか助けてもらえない、そんな気がしていた。 「お忙しいところすいません」 「いやいや、かまわないよ。今日はもう一仕事終えたから」 谷川氏がチラチラと俺の手元を見ている。気になっているようだ。 「ああ、これは昨日買い集めたんです。見せたいのはこっちのほうです」 十三巻を取り出した。 「日付を見てもらえますか」 「これ、一年後だね。同人がネタで作ったの?」 「そうじゃありません。実物だと思います。未来から送られてきた」“未来”というところをわざと強調した。 谷川氏が唖然としていた。いつもの俺ならそうする。 「それに、発行が角川と書いてあります。 同人サークルは出版社を騙ることはしませんし」これは古泉の受け売りだ。 俺は自分のいた世界のことを話した。SOS団、ハルヒ、その周辺。 「驚かれるかもしれませんが、あなたの書いた小説は俺の身に実際にあったことなんです」 「キミの話だと、まるで僕の本から出てきたような印象を受けるが……」微妙に、不審者を見る目だ。 「そうとも言えます。よく分かりませんが、あなたの作った世界は実在するんです」 「よくわからん……というより信じられん。最近は成りきりキャラみたいな人が多いんでね。コスプレとか声真似とか」 「ええ。俺も昨日、アニメオタクと間違われました」 「なにか確信を得られるようなものはあるかな?証拠というか」 「証拠ですか……向こうでの俺の記憶くらいでしょうかね」 「キミの本名は?本編には書いてないんで誰も知らないはずだが」 俺は自分の名前を告げた。 「……」谷川氏は無言で俺を見つめた。 「全部、とりあえず保留でいいかな。別世界とか、この存在しないはずの十三巻とか」 前に似たようなセリフを誰かに言った覚えがあるな。 「ええ。俺はその、なにか特殊な能力があるわけじゃなくて、ふつーにその辺にいる高校生と同じですから」 「それを聞いて安心した」 「このシリーズのストーリーはどうやって思いついたんですか?」 「四、五年前だったか、新聞記事にとある事件が載っていてそれで閃いたのがきっかけかな」 「とある事件といいますと」 「地元の中学校のグラウンドに謎の地上絵が出現した」 俺の髪の毛がピクリと動いた。 「記事によれば子供のいたずらだろうってことで、結局犯人は分からなかったらしいんだが。 それが子供が描いたにしちゃえらく精密に描かれていてね」 「その絵ってもしかしてこれですか」俺は十三巻の挿絵を示した。 「そうそう、それ。アニメにも出てたよね」 「ちょうどこの挿絵にかかったところで、こっちの世界に飛ばされたんです」 「そんなことが起るとは……」 谷川氏は腕を組んでしばらく考え込んだ。 もうここまできたら、本来の目的を言うしかない。 「それで、長門有希のことなんですが、あいつはすでにこっちの世界に来ているかもしれません」 「それはほんとか」 「長門が消えたのは俺のいた時間で三日前なんですが、あいつから接触はありませんでしたか」 「うーん……ファンの女の子は多いし、イベントでもコスプレしてる子が多いし。 もしそんな子が接触してきてたとしても覚えていないかもしれない」 「なにか特別なメッセージとか、手紙とか」 「どうだろうね」谷川氏は考え込んでいた。 俺が長門ならどうするだろう?唯一の接点である谷川氏とコンタクトを取るには?そして俺にメッセージを残すには? 「長門を探し出すために手を貸してもらえませんか」 「ちょっと考えさせてもらっていいかな。調べたいこともある」 「明日また会えますか?」 「明日は三時から一時間くらいまでなら時間取れるよ」 「じゃあまた明日ここに来ます」 「一応連絡先を教えてくれないか」 「ええと、今こっちの世界では連絡手段が何もなくて。俺の携帯も使えないんです」 「え、じゃあ今どこに住んでるの?」 「住んでるところはありません。カプセルホテルやらネットカフェやらをはしごしてます」 さすがに高架ガード下で寝ましたとは言えなかった。 「そりゃ体壊すよキミ……」 「ええ。でも身寄りもありませんし」 「なんとかしてやりたいけど、……キミさえよければうちの客間に泊まってもらってもかまわないが」 願ったりだ。もうあの段ボールで寝たときの腰の痛さときたら。 「ほ、ほんとですか。助かります」 もうがっついていた、俺。このときほど人の親切が身に染みたことはなかった。 「とりあえず、うちに行こう。うちというか、僕の祖母の家なんだけどね」 谷川氏とタクシーに乗り込んだ。運転手は残念ながら新川さんではない。 「谷川さんて西宮が地元なんですか」 「そうだよ。北高出身だし」 「え……北高ってこっちにも実在するんですか?」 「いちおうモデルになったのはある。 僕が通ってたのは、ふた昔くらい前だから若干雰囲気違うけど」 「じゃあこの小説に出てくる建物やら、街はみんな実在する?」 「するよ」 「知りませんでした。昨日、思い当たる節があって図書館と甲陽園駅に行ってみたんです。 俺の知ってる風景とそっくり同じだったんで安心したというか、驚いたというか」 「そう。あの辺はファンがよく観光してるらしいね」 「うわ……それでですか」 「なにかあったのかい?」 「実は、長門が住んでるんじゃないかと思ってマンションのインターホンを押したんです。 オバさんに怒鳴りつけられました」 谷川氏はあははと笑った。 「アニメがヒットして、住民はえらく迷惑してるだろうね。 あのマンション、現物が分からないように絵の位置を変えたりはしたんだけど」 「これじゃうかつに探して回れないですね」 「あの辺はうろうろしないほうがいいかもねえ」 しかしまあ、俺とこの世界との接点が見えてきて、ちょっと安心した。 長門がいるとしたら、あいつもその繋がりに気付いたに違いない。 一時間くらいしてタクシーが止まった。 「着いたよ」 俺はドアから降りた。 「こっちだ」谷川氏が指したのは日本建築のお屋敷だった。 「こ……これ、もしかして鶴屋さ……」 「ああ、そうそう。鶴屋家の屋敷のモデルはここなんだ」 あれと同じ漆喰の壁が続いている。俺は感激した。知っている、これならよく知っている。 ハルヒの映画で舞台に使わせてもらい、朝比奈みちるさんをかくまってもらい、それからそれから。 くぐり戸から母屋の玄関までがやたら遠い、あの鶴屋邸だ。 「もしかして鶴屋さんもいるんですか?」 「さあ、それはどうかな」谷川氏はプッと笑った。 重たい玄関の戸を開けて中に案内された。土間だけで軽く俺の部屋くらいはある。 和服を着付けた鶴屋さんが今にも出てきそうな雰囲気だった。 「ばあちゃん!ばあちゃんいるかい?」谷川氏は奥に向かって叫んだ。 和服に身を包んだ小柄なおばあちゃんが、しゃなりしゃなりと出てきた。 「おやまあ珍しいじゃないか、お友達かい?上がっとくれっ」 な、なんか微妙に鶴屋さんっぽい。 「観光に来た友達のキョン君なんだけど、今日、泊めてもらえる?」 「いいともさ。ささ、奥にお上がり。お湯もたんっと沸いてるさね」 俺はおばあちゃんに向かって、すいませんお邪魔しますと言って靴を脱いだ。 廊下を進むと木と漆喰の匂いがした。この匂い、鶴屋さんちと同じだ。 「キョンさんは、」おばあちゃんがふと振り向いて言った。 「スモークチーズは好きかい?」 もう笑うしかなかった。 二十帖くらいはありそうなお座敷に通された。 俺は部屋の隅にバックパックを置いて、所在なさげに見回した。どこに座ればいいのか迷う。 「あの、離れってあるんですか?」 「隠居のことかな、たぶん空いてるよ。そっちがいい?」 「ちょっと、落ち着かなくて」まるで朝比奈さんみたいな口調の俺だ。 茶室みたいなこじんまりした造りの、離れに案内された。 「鶴屋さんちとまったく同じですね」 「うん。わりと凝った和建築の様式らしいよ。こまごました、明かりとり用の窓とか、この欄間とか建具類も」 「へえ」築百年くらいは年季が入っている気がする。 「先に風呂を案内するから、来て」 風呂ですか、ありがたい。鶴屋家はたしか、檜風呂だった気がする。 「残念ながら風呂だけはステンレスなんだ。檜はカビたり腐ったり、手入れがたいへんでね」 そうなんですか。鶴屋家も屋敷のメンテナンスに苦労してるんだろうな。 「お湯がぬるかったら蛇口ひねれば出るから。あと、浴衣置いとくから使って」 まったくかたじけない。 突然現れてあっちの世界から来ましたなんて延々電波なことを言ったあげく、 泊まるところがないからと上がり込んだりして、風呂まで借りて、俺ってなんて図々しいんだ。 大人四人が楽に入れそうな浴槽に浸かりながら、俺は体の疲れをほぐした。 今日はネットカフェで寝ていただけで、たいしたことはしてないが、繁華街を歩いてるだけで疲れる気がする。 谷川氏の好意で、しばらく、といってもいつまでかは分からないが、綿の入った布団で眠れそうだ。 まったく、外で寝るのは体力も気力も消耗する。 あのホームレスのおっさん、風邪ひいてないだろうか。 渡された浴衣を着込むと、気持ちまで和風になってきて、その雰囲気に馴染んでる自分がいた。 こういう純日本人らしい生活スタイルもいいよな。 浴室を出ると、おばあちゃんがそのままじゃ風邪を引くだろうからと半纏を貸してくれた。 なんてやさしいおばあちゃんだ。感涙だ。 食堂に呼ばれて中に入ると先に谷川氏が来ていた。食卓には漆塗りの食器が並んでいた。 「若い人が好むようなものは、ないんだけどね」 いえいえ、ファーストフードで飢えをしのいでいた俺には、天皇の料理番が作るほどの高級料理ですよ。 味噌汁が、うまい。おふくろには悪いが、うちの味噌汁よりうまい。 そう言うとおばあちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑った。 「キミの世界の話を聞かせてくれないかな。家族とか、友達とか」 そうですね、と口を開きかけてチラとおばあちゃんを見た。 「ああ、気にしないでいいよ。おばあちゃんは他人の秘密には干渉しない人だから」 またしても鶴屋さんスタイルだな。 「干渉しないから、かえって秘密が舞い込んでくるんだけどね」 それはうらやましい。情報通ですね。 「ええと、俺の家族は親父とおふくろと、妹がひとり、これが最近マセてきて小うるさくて。 あとは拾った三毛猫が一匹」 この辺は谷川氏も知ってるだろう。あの文庫に書いてないようなことを言わなくてはな。 シャミセンに彼女らしきものが出来たとか、妹の部屋でつい日記を盗み読んでしまって 片思いの相手がいることを知ったとか、まあ家族の細かい話だ。 「初耳だ。その辺は僕の小説にはないね」 こういう日常的な仔細を小説の中で表現するには限界があるかもしれない。 「キミには彼女はいないのか?」 話の展開からすると、ここでギクリとするべきなんだろうが、あいにくとそういう関係はなかった。 「それは谷川さんがいちばん知ってることでしょうに」 「そういえばそうだね」谷川氏は頭をかいた。 「キミはハルヒと長門有希、どっちがいいと思う?」 答えに詰まる質問だ。 「どっちと聞かれても、そういう目で二人を見たことはないんです」 って谷川さん、朝比奈さんって線はまったくないんですか。 「なにかこう、伏線があったはずじゃないか」谷川氏の目は、ちょっとワクワクしている。 「伏線……ね。そういえば雪山の山荘とか、長門の暴走とか、バレンタインデーとか、 二人が妙な行動をすることはありましたが。もしかしてあれ、そうなんですか」 「まあ、キミには一切が分からないように話を展開させてるから、しょうがないんだけどね」 「俺の知らない水面下でそんな話が進んでたりするんですか」俺は苦笑した。 「って、あれ!?僕はまだキミが向こうの世界から来たと確信したわけじゃないんだが」 谷川氏は、はははと笑った。 「こうやって自分の頭の中で組み立ててることを他人とまじめに会話するってのは、楽しいね。 新しい発見があるかもしれない。今後の展開の参考にしよう」 なにやらメモをはじめた。 「キミが話してくれた事件もメモっとくよ」 なにやら謎めいた記号みたいなもの書いている谷川氏を見て、俺はふと思いついた。 「これ、もしかして既定事項なんじゃありませんか」 「というと?」 「俺が話した内容で、谷川さんがこれから十三巻を書くわけです」 「なるほどね」ちょっと考え込んだふうだった。 「ええと、じゃあ僕がキミから話を聞いて十三巻を書くとして、 キミが持ってきた十三巻を最初に書いたのは誰?」 えーと……。これは重大な問題だった。卵が先かニワトリが先か。 谷川氏は笑った。「これはタイムトラベルをする者の、悲しいサガ、だね」 俺はそのセリフになぜかデジャヴを感じた。 二人で考え込んでいると、あの部室でのことを思い出した。 「あの十三巻は、読んでると話がループするんです」 「そうなのか」 「つまり、俺が読んでるシーンを読んでる俺が、それを読んでるシーンをまた俺が、」 頭痛くなってきた。 「二枚の合わせ鏡みたいで、まともに読みつづけられないんです」 「それ、作中の人物がその物語を読むパラドクスだね。似たような話はある」 「それじゃ物語が進まないですね」 「……もしかすると、そのループが次元の歪みを生んだのでは?」 「俺にはちょっと難しいです」 「つまり、二枚の鏡に写った最初の映像はどっち?終わりはどこへ?光が無限に往復する」 谷川氏は人差し指を左右に往復させた。 「……難しいですね」 「ほかにも似たような現象はある。ビデオカメラでテレビを撮ると、映像の中に映像が延々と生じる」 「三次元のループですね」 「そう。これがもっと高次元のループだとしたら、キミは渦の中に巻き込まれているということになる」 「……」 「いいアイデアだ。メモしとこう」 って、ネタだったのかよ。どうも作家の考えることは分からない。頭の中、どうなってんだろ。 そんなSFとも数学ともつかない話をしながら時は過ぎていった。 十一時を回ったところで谷川氏は腰を上げた。 「僕は自宅に戻るから。気兼ねしないでいいよ」 「ご自宅、ここじゃないんですか」 「ここはおばあちゃんがひとりで住んでる家でね。僕は仕事場兼自宅を持ってる」 なるほど。作家ですもんね。 俺はおやすみなさいを言って谷川氏を見送った。 寒空に星がまたたいている。明日は晴れそうだ。 翌朝、おばあちゃんに呼ばれて食堂で朝飯を食った頃、谷川氏がやってきた。 「よく眠れたかな」 「ええ、ありがとうございます。おかげさまでぐっすり」 「そう、僕は枕が変わると眠れないたちでね。だから他所んちにはできるだけ泊まらない」 俺は石の上でも寝れそうな気がしますよ。一昨日は紙の上でしたが。 「昨日話した、例の地上絵の新聞を探しに行こう」 「どこへですか?」 「市立図書館に。あそこには過去十年分くらいの新聞があるから。 もしかしたら頼めば二十年前くらいは見せてくれるかもしれない」 なるほど、そういう探し方もあるのか。昨日は長門の後ろ姿しか追いかけなかったからな。 図書館には二度目の参上だ。一昨日のことを思い出すと今でも赤面する。 もしかして長門がいてやしまいかとキョロキョロと見回してみたが、それらしい風体の女の子はいなかった。 谷川氏はカウンターで保存資料閲覧を申し込んでいた。 しばらく待って、奥にある書架に通された。 パソコンの端末でマウスを動かしている。 「新聞というから古新聞が束になって積んであるのかと思いました」 「過去数年分のは全部電子化されていてね。 インデックスもついてて目的の記事を探し出すのも簡単だよ」 「あったよ。これだね」谷川さんが画面を指さした。 その記事のタイトルは“学校の運動場にミステリーサークル出現”だった。 「ミステリーサークルじゃなくて地上絵なんだけどね」 この絵文字、挿絵と同じものだ。そう、七夕のときハルヒが東中のグラウンドに描いたアレだ。 正確には俺が描いたんだったが。 「これ、子供が描いたんじゃないかって推測してるけど。 まっすぐな定規もない、見下ろす場所もない広い地面に絵を描いたことあるかい? これは図形と幾何学の知識がないとできないんだよね」 もしかしてハルヒがこの世界に存在しているのか?そんなはずはあるまい。じゃあ誰だ?。 「この絵、挿絵とちょっと違うところがありますね。この右下のやつ、花に見えませんか」 「どう……だろう。言われてみればそう見えなくもないけど」モノクロの荒い写真だから分かりづらいが。 「長門が残した栞に印刷してあった花の絵じゃないでしょうか」 とすれば、これを描いたのはあいつしかありえない。 俺は長門が部室から消える直前に言った言葉を思い出した。 「わたしは……ここにいる」 これは救助要請だ。俺はうなずいた。 「これを描いたのは長門です。それ以外考えられない」 「そうなのか。でもこれ、五年も前だよ」 確かに新聞の日付は五年前の十二月になっている。 「仮に、こっちと向こうの世界の時間がズレたとしたら、理屈は通りませんか」 「……うーん。どうだろうね」 五年も前にあいつがこっちに来たのだとしたら、無事に生きているかどうか不安になった。 ハルヒも俺もいない世界で、目的を失って自らの情報連結を解除したりしないとも限らない。 「谷川さん、長門が暴走したときの話覚えてますよね」 「ああ、消失ね」 「俺が言うのもなんですが、長門はどんなときでも必ずメッセージを残すやつなんです。 それも本人にしか分からないやり方で」 「なるほど」 「北高の文芸部の部室って存在するんですか」 「……ははあ。キミの考えていることは分かった」 俺はそこに侵入することを考えていた。 「昨日も言ったけど、当時とはずいぶん変わってるしね。 一度取材に行ったけど、そのときにはもう僕が思い描いている部室はなかったね。 むかし文芸部だった部室はあるけど」 「ちょっとだけ覗いてみるわけにはいきませんか」 「うーん……。いちお学校の関係者に聞いてはみるけど、期待しないほうがいいと思うよ。 なんせアニメに出たもんだからピリピリしててね」 そうなんですか。 「部室でなにを探そうっていうんだい?」 「あのときと同じ本があるんじゃないかと」 「ハイペリオンかい?」 「ええ、それです」 「実はあのハードカバーが出たのは相当前の話なんだ。今は文庫しかないんじゃないかなぁ」 「だったら、なおさらです。それが存在すれば長門からのメッセージがあるかもしれない」 「そうか。聞いてみとくよ。父兄の見学ってことで」 「お願いします」 記憶を蘇らせるために、俺はまた同じ道を辿る、だ。 「ああそうだ、ハイペリオンならここにもあるはずだよ。探してみたかい?」 「ええ!そうだったんですか。それは気がつきませんでした」 俺はめったに来ないであろうSFのコーナーを探した。長門に借りてそのままだ。 二人でSF、ミステリーのあたりを探したんだが、結局見つからなかった。 パソコンの端末の蔵書データベースで調べてもらったが、確かにあるらしい。 「誰かが借りてるんだろね。長門有希の百冊に入ってたし」 「なんですかそれ」そういやぐーぐる様もそう言ってたな。 「長門有希が作中で読んでるって設定の百冊を僕がピックアップした。その中にあれも入ってた」 なるほど。人気あるわけか。 「しょうがない。今日のところは帰ろうか」 「そうですね」 俺は先日とんでもない人違いをした棚のほうを見た。突然話し掛けられたほうも驚いただろう。 俺はハルヒの文庫が入ってるかどうかを見ようと、文庫の棚の前をそろそろ歩いた。 そのとき、なぜかその本だけが目に入った。“ハイペリオン ダン・シモンズ” とっさにページをめくった。ハラリと何かが落ち、俺は稲妻に打たれたかのような衝撃が走った。 あのときの、栞だった。 「こっこっこっ」 「こけこっこー?」 「違います、これ、長門です。ぜったい、長門です」 俺は栞を見せた。今度は大声を出してもはばからなかった。これは断じて長門だ。 図書館の本に手製の栞を挟むやつは、まずいない。これは長門、絶対に長門だ。 栞には例の絵文字と、薄紫の花が描いてあった。文字は書かれていない。 長門が暴走したとき、部室にあったやつと同じだ。 「消失のときのと同じだね」谷川氏にも分かったようだ。 「ぜったいそうですよ」 「これの意味は、知ってるよね」 「わたしは、ここにいる、です」 「これが憂鬱のときの栞ではないということは、つまり、消失のときと同じ、キミへのメッセージだね」 「で、ですよね」俺はワナワナ震えていた。もう長門を見つけたも同然だ。近くにいる。 「ちょっと来て」谷川氏はその本を持ってカウンターに向かった。 なにやら受付のお姉さんとボソボソ話したあと、俺のほうに向き直った。 「過去にこれを借りた人を調べてもらってる」それはすごい。電子戦ですね。 「この文庫本が出たのが約七年前、ハードカバーはそれより前。 この本が入庫したのが三年前で、借りたのはトータルで二百人くらいだそうだ。 残念ながら借りた人の名前は明かせないらしい。個人情報だからね」 ああ、こっちの世界でもその辺が厳しいんですね。 「最後に借りたのはいつか分かります?」 「二週間ほど前らしい」 ……それは長門だろうか?その可能性はあるだろうか? 「すいません」俺は受付のお姉さんに話し掛けた。 「ちょっとこの写真見ていただけませんか」俺は長門とハルヒが写っている写真を見せた。 「この、髪の短いほうの子、見かけませんでしたか」 お姉さんは、うーんともふーむともつかない声を出した。 遠目に近目に写真を見ていたが、ちょっと覚えていないと言った。 これだけ人が出入りするんだ、覚えていろというのが無理な話かもしれない。 「写真持ってたんだ?」 「あ、まだ見せてませんでしたね。すいません」 「これはまた美人だな。僕はアニメでしか見たことないから」 「そうなんですか」まあ当然っちゃ当然だが。アニメでないならただのコスプレだろう。 「実写版やるとしたら、まさにこんな感じだよなぁ」 実写ドラマやるのか……かなり映像に無理があるんじゃ。閉鎖空間とか。 俺は図々しくもお姉さんに、もしこいつが来たら俺が来たことを伝えてくれるよう頼んでおいた。 長門ならそれだけで十分だろう。あとは情報操作とやらで俺の居場所は分かるはずだ。 図書館で重要な手がかりを得たあと、午後には屋敷に戻った。 「東中のグラウンドを見てみたいんですが」 「中に入ってみたいかい?」 「ええ、できれば」 「教師にひとり同級生がいるから、聞いてみよう」 谷川氏は電話でしばし世間話をしたあと、グラウンドを見てみたいんだが、と切り出した。 「四時頃ならいいらしい」 「ありがたい」 「とはいっても、ただのモデルだからね。名前は違うし、見た目も若干も違うけど」 あの場所は忘れようにも忘れられない。ハルヒが俺とはじめて出合った場所だ。 過去の七夕には朝比奈さん(小)を背負って歩かされた。 谷川氏の車で中学校まで乗りつけた。谷川氏の同級生という男性教師が迎えてくれた。 「ここも舞台になってるんだけど、北高ほどは知られてないんだよね」 作中の東中は若干位置がわかりづらいらしい。 谷川氏と俺は校舎から出てネット越しに運動場を眺めた。 「最近は関係者以外は中には入れないけど。むかしはよくここで遊んだよ」 確かに広い。昼間見るのは、はじめてだ。 「こんな広いところによく地上絵を描いたな」実際は向こうの世界のここだが。 「地上絵を描くのって意外に難しいんだ」 「ハルヒの頭の中では文字すべての線の長さと角度が計算されてたんですね」 「ハルヒは数学が得意だからね」 「よく知ってますね」 「そりゃまあ、僕が生みの親だし」 もっともだ。 冷たい風が吹きぬけた。俺は襟を立てた。 グラウンドの向こう側で陸上部らしい女子生徒が走り回っていた。 ハルヒの中学時代はこんな感じだったんだろうか。俺は校区が違うから、ここにはなじみはないんだが。 中学生のハルヒは奇妙なことばかり繰り返していたらしい。 谷口曰く、かわいいからと思って話し掛けるとトゲのある答えしか返ってこない、バラみたいなやつだったと。 親しい友達もなく、親にも打ち明けられず、ひたすら孤独だったことだろう。 あいつはあれからずっと、ジョン・スミスを探していたのかもしれない。 柄にもなく、昔のハルヒを思い浮かべた。あいつの顔じゃ、あんまり郷愁は感じないが。 俺が探さないといけないのは、ハルヒとの接点じゃなかった。俺と長門を結ぶ接点だ。 だからここにはなにもない。俺たちは三十分くらいでその場から引き上げた。 この屋敷にやっかいになって三日が経とうとしている。 翌朝、谷川氏が言った。 「北高の見学、聞いてみたけどね、やっぱり無理らしい。今ちょうど受験シーズンで、 先生も生徒もピリピリしてるから、年が明けてからにしてくれってことらしい」 「そうですか」予想はしていたが。年明けまではとても持ち越せない。 まあ俺が中に入れないってことは長門も予想できただろうし、 ということはメッセージは何も残してない可能性が高い。 そう考えて納得することにした。最近はあきらめるのにも理由を考えるようになった。 谷川氏は今日は出版社で打ち合わせがあるので、調査には付き合えないとのことだった。 執筆の仕事もあるだろうに、毎日つき合わせては申し訳ない。 俺は自転車を借りて町並みを回ってみることにした。 ハルヒが超監督で撮った映画の舞台を追ってみた。 長門と朝比奈さんが対決した森林公園、朝比奈さんと谷口が飛び込んだ新池、桜並木がある夙川公園。 朝比奈さんがトンデモ告白をしてくれたベンチもちゃんとあった。 同じだ。何も変わりがない。 こういう自然の風景にはさほど違和感を感じない。感じるのは人工の建物だけなのかもしれない。 そういえば俺の自宅はいったいどうなってるんだろう?昨日からずっと考えていた。 俺の知らないところで、俺を除いた俺の家族がそのまんま別の人生を過ごしているんだろうか? それとも家そのものがないんだろうか。 俺は自宅近くまで行って、そこから通学路を辿って北高まで行ってみることにした。 谷川氏は道順も場所も同じだと言っていた。 俺は線路を越えて自宅がある(と信じている)場所へ自転車を走らせた。 後ろに過ぎてゆくのは見慣れた景色だった。風景だけが同じ、そこにいる人間は誰も知らない。 猫は飼い主よりも場所に執着するというが、俺はどっちかといえばそこにいる人間に愛着を感じる気がする。 俺にとっての自分の居場所は建物や地理なんかじゃなくて、たとえばSOS団のメンツや、親や妹や、 シャミセンがまとわりついてくる日常。そんな他愛もない時間そのものなのだろう。 馴染んでしまったり忘れることが出来ないものというのは、特定の場所や風景なんかではなくて、 むしろ、そのとき誰かと触れた流れる空気みたいなものだ。 時間と空間は同じ、と長門は言っていた。今は少しその意味が分かる気がする。俺なりにだが。 馴染みの町内にたどり着いた。 俺は自転車にまたがったまま、前方にある俺の自宅っぽい地所を見つめていた。 そこに、まったく同じ、俺の家がある。どうしたらいいんだろう。 玄関を開けてそのまま、ただいまと中に入ってしまいそうだ。 俺は携帯をいじるふりをして、その場に自転車を止めた。 家の様子を見ていると、ドアが開いて誰かが出てきた。 まったく知らないオバさんだった。あわてて目をそらす。 不意に、俺の家に知らない人が住んでいる感覚に襲われた。 本当はそこにいるべきは俺なんじゃないか。 ドアから出てくるのは本当は俺のおふくろなんじゃないか。 俺は頭を振り払ってその思いを消した。 住んでる人は違うのに、なぜあの家はあんなに似通ってるんだろうか。 それだけが疑問として消えなかった。 そこから駅に向けて自転車をこいだ。制服を着ていないのがなんだか違和感を感じる。 甲陽園駅まで乗りつけた。こないだのマンションが見えた。 あのときは長門とはなんら関係ない赤の他人を呼び出すなどと、血迷ったマネをしてしまったが。 いつもはここで自転車を止めるんだが、今日はそのまま乗って坂道を登った。 この坂の勾配はハイキング並にきつくて、入学したての頃は入る学校を誤ったと後悔したものだ。 自転車だと階段のないルートを辿らないといけないので、さらにきつい。 俺はとうとう押して歩いた。こんなことならいつものように駐輪場に止めておけばよかった。 途中、短大と私立の進学校の前を通った。似ているっちゃ似ている。名前は違うんだが。 この微妙な、心理的な部分で納得がいかない類似が俺を不安にさせた。 さらに坂を登り、北高らしき建物にたどり着いた。よくよく見ると名前が西宮北高になっちまってる。 正門には生徒がいたので俺はそのまま通り過ぎて、坂を登りつづけた。制服が違うな。 敷地をぐるっと回って西門まで行こう。俺の予測が正しければ、そっちのほうが人は少ないはず。 途中で見上げると、部室棟らしき校舎が見えた。あれか。 俺たちの文芸部部室がどうなっているのか、ここからでは分からなかった。 今すぐ校舎の階段を駆け上って、あの部屋のドアを叩いてみたい衝動に駆られた。 夜になるのを待って部室棟に忍び込んでみようかとも考えた。 でも俺は自分を抑えた。忍び込んで捕まったりしたら谷川氏にとんだ迷惑をかけてしまう。 血迷ったアニメオタクが県立高校に侵入。そんな三面記事、俺も読みたくない。 結局、歩道橋の交差点まで登ってそこから南西に坂道を下る。 西側からは校舎の剥き出しのコンクリが見えるだけで、なにも分からなかった。 こんなことをやっていてもなにも得られないのは分かっていた。 俺が中に入れない以上、長門もそこには行かないだろう。 長門との接点は場所じゃないんだ。過去に二人が共有したなにかだ。 俺は来た道は戻らず、坂道をそのまま下り、回り道をして甲陽園駅に戻った。 ひとつだけ忘れていた場所があった。長門に呼び出されて待ち合わせた、駅前の公園だ。 果たせるかな、街灯の下にベンチはあった。このベンチにはいろんな思い出がある。 最初のは“午後七時、光陽園駅前公園で待つ”だったか。 あんときの俺は俗っぽい生活の代名詞みたいな人生で、 宇宙論やら時間論やらとは遠いかけ離れた生活をしてたからな。 もっとまじめに聞いてやればよかった。 帰ろうとする俺を見る長門の表情に広がる、小さな波紋。 今ならあの微妙な表情の意味は分かる。 部屋の一角に、時間ごと冷凍保存した俺を三年間待ちつづけていた。 ── ただ待っているだけの人生なんて嫌 そう言いたかったんじゃないか。 俺はベンチに座り、長門と出会ってからのことを思い返していた。 あいつをひとりにしてはいけない。それが俺がここにいる理由。あいつを追いかけてきた理由。 気が付くと四時を過ぎていた。だいぶ冷え込んできたので駅近くのコンビニへ行った。 俺はホットのお茶をレジに置いた。朝比奈さんの点てた暖かいお茶が飲みたい。 ものはついでだ、俺は店員に尋ねた。 「すいません。実は人を探してるんですが、ちょっと写真見てもらえないでしょうか」 レジの若い店員は珍しいものを見るように俺を見た。 「え……人探しですか」 俺は長門とハルヒが写っている写真を見せた。 おっさんたちに握り締められてだいぶよれよれになっている。 「身長は俺より低い、小柄な子です。名前は長門と言うんですが」 店員は遠目に近目に、しばらく写真を見ていたが、奥にいるらしい誰かに向かって声をかけた。 「店長、これ、前ここで働いてた子じゃないっすかね?」なんですとぁ!!? 「どれ……。どうだろ。覚えてないなぁ」初老のおっさんが出てきて写真を見た。 「ほら、例の、三年くらい前の事件」 「ああ、あの子か、思い出した。確か名前は田中とかじゃなかったかな」頭に乗っていた老眼鏡をかけなおした。 「ええと、田中は母親の苗字なんです。小さいとき両親が離婚して離れ離れになりまして。実の妹なんです」 とっさに口からでまかせを言ったが、我ながらもっともらしい嘘だったと思う。 「ああ。思い出した。セーラー服で突然やってきて、ここで働かせてくれと言った。やたら無口な子でね。 まあ連絡先はちゃんとしてたし、まじめな子っぽかったんで雇ったんだけど。 ワケアリみたいなんで詳しくは聞かなかったけどね」 「いつごろですか」 「働き出したのは四年か五年くらい前かなあ」 「あんまり大声じゃ言えないことだけど、……三年前に強盗が入ったんですよここ」若い方が声をひそめて言った。 そのときに犯人を退治したのがその子だったらしい。 「巴投げとか言うのかな、あの技?包丁を振り回す犯人をぶん投げて、こう!」店長が腕だけ実演して見せた。 「かっこよかったですよね。なんか合気道の心得があるんだとか言ってましたっけ」 巴投げは柔道だと思うが、そのトンデモでまかせは長門流かもしれない。 その後、テレビやら新聞やらの取材があったのだが、ふつとかき消すようにバイトをやめたらしい。 「翌日から来なくなってしまってね。思えば、あれが原因でやめたんだ。いい子だったのに残念だった」 「今どこにいるか分かります?」 「ずいぶん前のことだからね。隣の駅くらいに住んでるとは聞いてたけど、それ以外のことは覚えてないねえ」 「そうですか。もし見かけたらこの連絡先を伝えてもらえませんか」俺は谷川氏の電話番号を伝えた。 「ああ、いいよ」 長門の気配が急に濃くなった気はするが、まだ道は遠い。あいつ、ここで何をしていたんだろう。 食うためのしのぎ以外に、誰か知ってる人間が通りかかるのを監視していたのかもしれない。 少なくとも存在だけは確認できた。三年前という遠い過去のことだが。 俺はお茶を受け取ってコンビニを出ようとした。自動ドアにバイト募集の貼り紙がしてあるのに気が付いた。 俺はふと思い立って、店長と呼ばれたおっさんに尋ねた。 「すいません、これまだ募集してますか」 「ああ、いつでもしてるよ」 「自分もバイト探してまして、面接お願いしたいんですが」 「じゃ履歴書書いてきて。来週くらいでどうかな」 「できれば今日お願いできないでしょうか」時間が惜しい。俺にはそれがあまり残されてない気がする。 「キミも急いでるの?じゃあ六時ごろシフト抜けるからその頃来て」 俺はその場で履歴書とボールペンを買った。証明写真をどこかで撮らないとな。ああ、あと三文判も。 駅前の証明写真ブースで顔写真を撮り、喫茶店で履歴書を書いた。ここで六時まで時間を潰さないとな。 自分の顔写真を見て少しやつれていることに気がついた。このところ毎日出歩いてるからだろう。 写真を切るものがなにもないことに気が付いて、ウェイトレスに声をかけた。 「お姉さん、ハサミ貸して~」なんだかうちの妹みたいな口の利き方になってしまったが。 さっきの店員にどうもと頭を下げると事務所に通された。 「缶コーヒーでも飲む?」 「あ、いえ、さっき喫茶店で飲んだところなので」俺は履歴書の入った封筒を差し出した。 おっさんはうやうやしく履歴書を開いて読んだ。 「高校二年生ね。学校によっちゃバイト禁止なんだけど、キミんとこは大丈夫なのかな」 「ええ。一応申請するんですが、たいていは許可がおります。素行が悪くない限りは」 レジのほうから声がした。「店長、受け取りお願いします」 「ああ、ちょっと待っててね」おっさんが席を立った。 長門、頼む。俺に二十秒だけ時間をくれ。 俺はスチール机のいちばん下の引出しを漁った。 果たしてそれがそこにまだ残ってるのかどうか俺に確信はなかった。 何通もの古い履歴書の束を見つけ、下から順にめくった。 当たりだ、長門の履歴書だ。写真も丁寧な明朝体もあいつのものに間違いない。 俺は急いでバックパックに放り込んだ。 それからの俺はおっさんとの面接も上の空、話はほとんど聞いちゃいねえ。 もう、ただただ長門の直筆を手にしたという安堵感と、 早くくだらないおしゃべりを切り上げてこの住所に行って確かめたいという焦燥感とが、俺の頭の中を入り乱れていた。 礼もそこそこにコンビニを後にした。 俺の連絡先も電話番号もどうせニセモノだ。やる気になればこっちから電話すればいい。 長門の履歴書に書かれている住所は、確かに隣の駅に近かった。 偽名を使った長門が正しい住所を書くだろうかと疑問に思ったが、 今は考えるより確かめに行くほうが先だった。他に手がかりがないこの状況では。 俺はタクシーを止めて乗り込んだ。 長門有希の憂鬱Ⅰプロローグ 長門有希の憂鬱Ⅰ一章 長門有希の憂鬱Ⅰ二章 長門有希の憂鬱Ⅰ四章 長門有希の憂鬱Ⅰおまけ
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ハルヒ「今日は楽しかったわね~!これで冬の定番を一つクリアしたわ!」 長門「…」 ハルヒ「みくるちゃんのサンタ姿も似合ってたし言うことないわ! 思わず抱きしめてしまったわよ!お正月はやっぱり振り袖かしらね…着付けが楽しみだわ…v」 長門「………ヒ…」 ハルヒ「あれも重要なイベントだもんね!重要な萌えシチュエーションの一つよ! 他人に服を着せられながら恥じらう姿はまさに萌え!みくるちゃんならこの大役をこ」 長門「……ルヒ…」 ハルヒ「なせると信じているわ!何たってこのあたしが見込んだんだからね! お正月の次はどうしようかしら…節分でラm」 長門「ハルヒ」 ハルヒ「な、なに?いきなりどうしたの?」 長門「『クリスマスとは恋愛関係のさらなる進展が大いに期待できる日であり、 それは接触を平時よりも増やすなど当人等の努力によって得ることができる。 特に、既に恋人を有する者はこの日を大いに活用すべきであり、その遂行を怠る事は 実に愚かな反動的行為としか言いようがない』・・・と、この本には書いてある。」 長門「あなたは私という個体を恋人に持ちながら接触を増やさず、朝比奈みくるばかりに気を廻していた。 これはクリスマスの定番と、その暗黙の内に存在する約束事を無視し反故にする行為。」 ハルヒ「ゆ、有希…?」 長門「・・・だから・・・」 ハルヒ「えっ、ちょ、まっt」 長門「ペナルティ」
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第12話『長門 有希 の憂鬱Ⅲ』 急に天井が爆発したかのような勢いで割れた。 誰かがライダーキック風飛び蹴りでブチ割ったようだ。 そいつは勢いを保持したまま俺に向かってナイフを構えて突進してくる朝倉を蹴飛ばす。 朝倉は凄い勢いで5mくらい吹っ飛び、鈍い音を立てて壁にぶつかる。 壁の表面が崩れ、朝倉は瓦礫に埋もれる。 目の前の奴は誰だ?! しかし、コンクリートの破片、砂、埃、蛍光灯の残骸などで俺の視界は塞がれている。 まったく見えん。 ……次第に視界が晴れていく。 俺は驚く。 「―――な、なんでお前が来るんだ?!」 そいつはふん、と鼻息を鳴らして大きな声で言う。 「助けに来てやったわ!あたしに感謝しつつ、せいぜい死なないよう頑張りなさい!」 そこに現れたのは――――黄色いカチューシャをつけた長髪のハルヒだった――― さっきまでの緊張感や、なぜかハルヒが来た事による安堵感でなぜか泣きそうだ。 目に涙が溜まっていて漫画的な表現で言うとウルウルしているんだろうな。 そんな表情をしている俺を見て、ハルヒは笑う。 「く、くくく……ぷっ、あんた、そんなにあたしが来たのがうれしいの?!」 ハルヒは大声で笑い出す。 違う……違うんだ、俺はだな……。 「ぷくくく……、わ、分かったわ、……じゃあ、まずはこの状況をなんとかしなくちゃね」 ハルヒは横を見やる。俺も見る。 朝倉が動き出している。 瓦礫から抜け出し、制服についた砂埃を手で払っている。 朝倉は手に持っているナイフをダーツのようにこっちへ投げる。 俺の顔の手前でハルヒはそのナイフの刃を直接掴んで止める。 ハルヒの手から血が出る。 おい、大丈夫か? ハルヒはナイフを投げ捨てた後、 「バカねぇ……大丈夫に……決まってるじゃない」 と言った。言い終わった時にはもう傷口は塞がっている。 俺はそれを見て、この世界のハルヒは 『対有機生命体なんたらかんたらインターフェイス』なんだな、と感じた。 「朝倉涼子、あんたはあたしのバックアップなんだから、勝手に動いちゃ駄目よ」 「いやだと言ったら?」 「あんたの情報連結を解除するわ」 「やってみる?ここはあたしの情報制御空間よ」 「……情報連結の解除を申請」 ハルヒはその性格に似つかわしくない小さな声でボソ、と言う。 その瞬間、空間がぐにゃり、と歪む。 まるでコーヒーカップにたらしたミルクだ。 これは……いつまでもコーヒーに混じらないミルクだな。ぐにゃぐにゃしすぎだ。 朝倉の周りの空間に黄色やら青やらいろんな色をミックスしている色が着き、 それが次第に圧縮され、一本の不透明な空間の槍が出来る。 その行為を朝倉が数回繰り返した後、それらがいっせいにハルヒと俺に向かって襲い掛かる。 しかし、それらは全てハルヒの目の前の見えないものに叩き落とされる。 ハルヒの目の前にはまるで見えない盾があるみたいだ。 叩き落とされた槍は空間と同化し、無くなった。 俺は、と言えば……ハルヒの後ろでそれを眺めていただけだ。 その後も朝倉の空間の槍攻撃は続き、ハルヒはそれを防ぎ続ける。 ハルヒの右手が後ろの俺にのびてくる。 「あんたは動かなくていいわ」 ハルヒは俺の右腕を掴み、自分の胸に抱き寄せる。 俺は後ろからハルヒを右手だけで抱くような姿勢になる。 俺の手の平にはハルヒの懐かしい柔らかさが。まさかこんなところで理性の出番が来るとは。 お、おい!なんか当たってんだが! 「……あんた、後で覚えてなさいよ」 お、俺は悪くねぇよ! ハルヒは依然として朝倉の攻撃を防ぎ続ける。 しかし、そろそろハルヒもきつくなってきたんだろうな。 「あんた、しっかり捕まってなさいよね」 ?……あぁ……。 俺は後ろからハルヒに抱きつく。 「ちょ、バ、バカ!どこ触って……ってあぁもうっ!」 喋っている間に地面から槍のような混沌とした色をしている棘が飛び出てきた。 ハルヒは物凄い勢いでジャンプする。 俺はハルヒに抱きつく手に力を込める。 仕方が無い。じゃないと落ちてしまう。 俺は必死に自己暗示をかけつつ、どんどんと離れていく教室の床を見る。 っておい!天井に頭を打ちつけるぞ!?――――ってあれ? 上を見る。何も無い。 いや、正確には何かあるんだろうな。遠くの方に。 それは俺にはなんだか分からん。なんだかこんにゃくみたいな色をしていて、 不味そうな色をしている。いや、食う気は無いが。 ハルヒは急にストップをかける。 そして、ハルヒは俺を空中へと突き離す。 落ちるぅう?! 「ごめん!こうするしか!」 俺は落ちながらハルヒを見る。 すると、さっきまで俺がいた場所に―――ハルヒに向かって何かが飛んでいく。 それはハルヒの胴体を貫く。ハルヒは宙ぶらりんになる。 俺はその事実を理解するのに数秒かかった。 地面に落ちる。あまり痛くない。……砂? 見回すと辺りは砂漠のような風景をしていた。 俺は上を見上げる。 そこにはなんと―――― 朝倉の右腕から生える光の筋のような鋭い触手が―――― ――――ハルヒの胴体を貫いていた。 「ハ……ハルヒッ!!」 俺は気付けば叫んでいた。 「ごめんねぇ……涼宮さん」 朝倉は嫌味に言う。 この野郎……。 朝倉は右腕を元に戻し、ハルヒを解放する。 ハルヒは俺の真横にドサ、という音を立てて落ちて来た。 俺はハルヒの肩を揺さぶる。 「ハルヒ!ハルヒッ!」 「大丈夫……に決まってんじゃない」 ハルヒの胴体に空いた穴から物凄い量の赤い液体が出ている。 その赤くて生暖かい液体が俺の制服を真っ赤に染める。 俺は世界が改変される直前にあった感覚を思い出す。 このままだと 今度 は ハルヒ と二度と会えなくなるような気がする――― ―――のだが、それは俺の単なる気苦労だったようだ。 目の前のハルヒは呟く。 「終わり、ね」 「何が?あなたの3年あまりの人生が?」 まったく、朝倉も朝倉だな。 俺は先の展開を知っているので、思わず笑みがこぼれる。よくやった、ハルヒ。 「どうやらそうみたい……」 「……は?!ハルヒ!しっかりしろ!」 「さよなら……」 ハルヒは静かに目を閉じる。 俺は絶望の淵に立たされた気分に陥る。 ハルヒがいなくなったらそれこそ俺の終わりだ―――ー 「なあんちゃって」 ハルヒは急にパッチリと目を開き、 「情報連結!解除!……開始っ!」 「そんな……っ」 その瞬間、朝倉の体が足元から砂になっていき、崩れていく。 「あなた……崩壊因子をあらかじめ仕込んでおいたのね……。 どうりで、あなたが弱すぎると思った」 「やっぱしあんたはあたしのバックアップなだけあったわ!うん、優秀! しかし!あたしには到底、敵うはずないわ!」 俺の腕の中のハルヒは軽やかな口調で言う。 いつの間にか胴体の穴が塞がっている。 こんにゃろ、騙してくれやがったな……! しかし、ハルヒの顔はキツそうだ。 朝倉がいろいろと喋っているが、一度聞いたことのある内容なので無視。 いつしか朝倉はほとんど消えかけている。 「それまで、長門さんとお幸せに。じゃあね」 最後のセリフだけは違うみたいだな。 「それじゃあ、不純物を取り除いて教室を再構成するわよ」 砂漠の風景から砂が取り除かれ、その代わりにいつもの風景が戻る。 教室には夕日が差し込んでいる。 俺と、俺の腕の中のハルヒはその夕日の真っ赤な光を浴びる。 窓から外の風景を見ながら呟く。 「きれい……だな」 「あ、あたしのこと……じゃないわよね?」 どんな勘違いだ。 「違ぇよ」 「っ!……思わせぶりな態度取らないでよねっ!」 俺は平謝りして、その場をやり過ごす。 ハルヒを見る。本当にハルヒだ。 「な……何よ」 いや、なんでもない。 俺は右腕を動かし、ハルヒを少しだけ深く抱き直す。 「あ……あたしはちょっと疲れちゃったからこのままなわけであって……っ!」 分かった分かった。 ハルヒは何かに気づいたように、胸元を探る。 「あ……ブラジャーの再構成、忘れちゃったわ」 急にニヤニヤしだすハルヒ。 もちろん、俺が返す言葉は決まっている。 「……してない方が可愛いと思うぞ。俺にはブラチラ属性ないし」 「ば……バッカじゃないのあんたぁ?!」 「すまん、妄言だ」 俺は笑いを堪える。 「そ、そう!………たま~になら……いいわ…………タイプだし」 返す言葉が見つからないのにバカという言葉を使わないという、 そのハルヒらしくない言葉が俺の笑いに拍車をかける。 もう、堪え切れん。 「ぷっ、あっはははぁ!」 「な、何で笑うのよぉ!」 その瞬間、谷口がドアを開ける音がする。 「WAWAWA忘れ物~っておぅあ!」 時が、止まった……ように感じる。 谷口は涙を堪えて、ネクタイを直し 「すまん。……ごゆっくりぃ!」 ドップラー効果を残しつつ、去っていった。 正直、谷口なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです。 なんて変な言い訳を考えつつ、俺は溜息をつく。 「大丈夫よ」 「何がだ?」 「朝倉は転校したことにするわ」 やっぱそっちかよ……。 次の日。 この水曜日はある意味、平和な一日だったと言えよう。 俺は今日も学校へ行き、普通に授業を受け、いつもどおりの日常を満喫した。 ただ、ハルヒがKYON団に入るとか言い出したのが非日常だったかな。 あと、谷口がいろいろとうるさかったので無視した。 「ねぇ、あたしもそのKYON団ってのに入れてよ」 ハルヒは昼休み中ずっと、俺の袖をぐいぐい引っ張ってやまない。 なんだかそこは長門っぽいな、と感じてしまう。 「長門に言ってくれ」 俺はそう答えたのだが、ハルヒは言って聞かない。なぜだ? しかし、ハルヒに上目遣いで見られるのもあれだな。 なんていうか……あんまりこういう言葉は使いたくないんだが………そそる。 結局俺を通して長門にその内容を伝えると、 「いい」 その一言で入団が決まった。 長門には名前しか伝えてないはず。 ……放課後になった。 部室に行って本を読むのがすでに日課になっている俺は、すぐさま部室へと赴く。 お、ハルヒが既に来ているじゃないか。本読んでるぞ。 ところでハルヒはいったいどこのクラスなのだろうか。 俺はそれが気になって仕方がないので直接訊いてみることにした。 読書をしている手を止め、 「なぁ、ハルヒ」 「何よ」 ハルヒもページをめくる手を休めた。 「お前って1年何組なんだ?」 「あ~、あたしはねぇ……6組」 やっぱ長門と入れ替わりか。 会話はほとんどそれだけだった。 そういや長門が団長ながらにお茶を入れてくれたりしたな。 さすがにあの人には及ばないか。 ……あの人?あの人って誰だっけ?名前忘れた。 メイド服が良く似合い、大きな胸がチャームポイントでありウィークポイントでもある、 あの2年の女子の先輩だ。 ……明日になれば思い出すだろう。 KYON団団長の長門の合図で部室が終わる。 帰りの道で古泉に会った。 閉鎖空間がどうたらとか言っていたが、俺は眠くて面倒だったので拒否した。 そしたら、機関の人間らしき人物がわらわら車から出てきて、 俺は拉致されかけたが、古泉が助けてくれた。 「あなたたち!僕のキョン団に何するんですか?!」って。 KYON団はお前のもんじゃないぜ、とかそういう感じのことを言ったら、 団 じゃなくて たん ですよ、とか言い出した。 意味が分からん。 団 だろ? さて、俺は今日も安らかに眠りにつける訳だが、 そろそろ俺の人生経験の中でもベストスリーには 入りそうなくらいの最大のイベントがやってくるはずだ。 そう、思い出したくもないあの事件だ。 あれは相手がハルヒだったから思い出したくないわけで、長門だったら大歓迎だ。 そういえば、この世界の長門は俺のことどう思ってるんだろうか。 好意はありそうな気がせんでもないな。 俺としてはあったら喜び、なければ落ち込む程度だが。 そんな甘いことを考えながら寝る夜は、当然甘かった。……気がする。 次の日。 朝から長門の反応がいつもと違うことに違和感と嫌な予感を覚えつつも、 それでも時は過ぎていく。 授業中は長門への違和感などなどについて考えていた。 ちなみに朝、長門はこんな反応をよこした。 「よぉ、長門」 「……」 無言でうなづく。ここまではいつもどおりだ。 「あなたは……わたしといて……楽しい……?」 この質問に違和感を感じた。 「もちろんに決まってるじゃないか」 「……そう」 もしかしたら、この返答が長門のあの空間を生み出すんじゃないか、と言う答えが出る。 俺は後悔すると同時に心配してくる。 もしかしたら『俺が長門といるのが楽しい』という返答を貰った長門は それ=『ずっと二人だけでもいい』という返答と受け取ったかもしれない。 ……なんてのは考えすぎか。 昼休みは、ハルヒが妙に絡んで来たのを覚えている。 そんなに俺の袖が気に入ったのか? 放課後。 長門はやはりどこかおかしい。 部室へ二人並んで歩いて向かっている途中で珍しく自分から話しかけて来る。 「……わたしは」 「……?」 「わたしは生まれてきて15年間、一度も友達を作ろうなんて考えたことなかった」 それから、長門の独白が始まった。 「……違う。 確かに、作ろうかな、と思った時期もあった。 世界には数え切れないほどの人がいる。 きっとわたしに合う人もいるんじゃないか、と。 そういう淡い期待を持っていた。 しかし、わたしに合う人なんていなかった。 わたしはわたしのことを理解してくれるひとを探してた。 でも、見つからない。 15年間、ずっとわたしはひとりで苦しんでいた。 この北高に入る頃にはわたしはもう一生を一人で過ごす決意をしていた。 でも、あなたの顔を見て、なぜかわたしはその決意が揺らぐ。 なんで。あなたの顔を見ると心拍数がわずかだけど上がる。 わたしはあなたに恋をしている気はまったく無かった。 入学当時、あなたも今までのひとと同じように 興味本位でわたしに話しかけてくる人だと思っていた。 でも、体は勝手に反応してしまっていた。脈拍がそれを教えてくれた。 そして、あなたの一言で気づいた。 わたしがあなたに……恋をしていたことを。 その一言はあなたがわたしに本のタイトルを訊いた一言。 心臓が止まる、と思うくらいどきどきした。 あなたは、わたしのことを理解してくれた。 だからわたしもあなたのことを理解したい、と思ったからKYON団を作った。 団長になれば自然とあなたとの接触も増える。だから、なった。 あなたがわたしを襲った時。 正確にはわたしが襲わせたのだけれど、あなたは嫌がる様子も見せなかった。 あぁ、彼もわたしのことを嫌なひとだとは思ってないんだな、と 感じて心の中ではすごく喜んでいた。 わたしはあの時の写真は今も大切にしている。 ……その写真で自分を慰めたりもした。 あなたが土曜日のわたしの誘いを受け取った時。 わたしはあなたにデートじゃない、と言ったけれど、わたしはその気だった。 できれば手を繋ぎたかった。 本当は図書館なんてあなたが退屈な場所なんかではなく、 遊園地……など、あなたと一緒に楽しめる場所が良かった。 だから、デートじゃないと言ってしまったことを物凄く後悔した。 あなたがわたしを自転車の荷台に乗せてくれた時。 わたしはあなたの背中に抱きついて、あなたの匂いを嗅いだ。 あれは、わたしの好きな匂い。 ……そうじゃない。 ただわたしが好きな匂いじゃなくてわたしが好きな人の匂いなんだ、と再確認した。 ……だから、この匂いは好きな匂い。 あなたの背中は広くて頼もしかった。 あなたがわたしの家に泊まった時。 わたしはものすごくどきどきした。 あなたを見ていられないほどどきどきした。 心臓がパンクするんじゃないかな、と思った。 一緒の布団に入ったときはとうとうするんだ、と思った。 でも、やっぱりあなたは……いくじなしだった。 朝起きてあなたをまじまじと見ていたらあなたが起きて、 わたしはすぐに眠っているふりをして、 あなたがどうするか見ていた。けれど、やっぱりあなたはいくじなし。 あなたが昨日涼宮ハルヒという名前を出した時。 わたしはすごく動揺した。 思わず入団を許可したけれど、本当は二人きりの時間が減るから嫌だった。 休み時間にあなたたちが話しているのを見て、ほんの少し、腹が立った。 あなたが今日の朝わたしに話しかけてくれた時。 わたしは決心した。あなたにわたしの気持ちを打ち明けよう、と。 じゃないと涼宮ハルヒにあなたをとられる気がしたから。 でも、この告白はもっと前からしたかった。 彼女はわたしにチャンスをくれた。だから感謝してもいい。 ……わたしは、ずっとあなただけを見ている。今までずっと。そして、これからも。 だから……」 長門は一息ついて、俺をしっかり見据えて言う。 「……好きです。わたしと付き合ってください」 さすがの俺でも次、どんな内容の言葉が来るかは分かる。 でも、驚いてしまう。 長門が俺に告白するなんて。 どう対応すればいいんだ?分からん。分かるはずも無い。 俺はこのような告白される状況は……ない、事も無いが……。 今はあの時と状況が違う。 俺は確かに長門が好きだ。 でもそれはこの世界の長門じゃなく、元の世界の長門であってだな。 俺はこの世界の長門に元の世界の長門の影を当てていた、というか。 この世界の長門も好きかもしれない。いや、好きだ。 でもこの世界の長門に「好き」という感情を抱くことを許すと、嫌な予感がするんだ。 好きだ。でも、好きでいちゃだめなんだ。 このようなことを直接長門に言えるはずもなく、俺はただただ、返答に困っていた。 だんだんと長門の表情が暗くなる。 俺がはやく返答をよこさないから、 俺がお前のことを好きじゃないと勘違いしているんだろう。 そんな焦りの気持ちから、俺はいつかと同じ過ちを繰り返す。 「長門、俺はお前のこと、嫌いじゃないんだが……」 この一言から始める癖があるようだ……。 ちくしょうッ!俺のヘタレ! 結局自分が嫌われたくないから優しい言葉をかけてるだけじゃないか! こんな自分に自己嫌悪する。 長門は嗚咽を漏らす。 次第に声をあげて泣き出した。 大粒の涙が長門の頬を伝う。 俺は必死になってその涙を止めようと、表面だけの優しい言葉をかけ続ける。 仕方が無いんだ、許してくれ、などとは言わん。 「好きだ」とか「愛してる」だとかの言葉が使えないだけで、 こうまで俺は無力なのか!? 目の前で泣いてる女の子一人の涙も止められないのか……っ!? 長門は何も言わずにその場を走り去る。 まるでその背中は―――― ―――俺に「着いて来るな」と言っているようで―――― ――――俺はその場に立ち尽くすしか無かった。 …………ごめん……長門………。 その後、俺は部室にも寄らず、家に帰った。 俺はその夜、一人で泣いた。 何を言えば正解だったのか、なんて答えは出るはずも無かった。 ただただ、長門の思いに答えられなかったことを悔やむ。 もしも、この世界が……本当の世界だったならば、どれだけ悩まずに済んだだろうか。 そんなことを考えながら、俺はいつの間にか泣きつかれて、寝てしまった。 ……きて……起きて……起きて……。 誰かが俺の頬っぺたをぺちんぺちんと優しく叩く。 ……もしかして?! 俺は体を起こす。 ……やっぱりか……。 長門が訊いてくる。 「ここはどこ」 「俺にも分からん」 俺は長門の顔が真正面から見れない。 あいつは俺の顔をまっすぐ見てくるのに。 「長門。ちょっと待っててくれ」 「……」 長門は無言で頷く。 俺は、校内を歩き回り、古泉を探した。 ……赤い玉すら出てこない。 パソコンがあるわけでもないのでハルヒとも連絡が取れない。 ……どうすりゃいいんだ……。 「僕はあなたに任せますよ」 「うぉ!?……古泉、いたのか。」 俺の背後に赤い玉が浮かんでいる。 「えぇ。今さっき来ました」 「時間は無いんだよな?手短に説明頼む」 「……分かりました。」 やっぱり時間は無いようだ。もうすでに赤い玉なのだから。 「どうやら長門さんは世界を変えようとしているようです。 ……あなたと二人きりの世界に、ですかね」 なんでだよ。 「おや、それについてはあなたが一番ご存知のようですが?」 ……そうかもしれんな。 「もう少し喜んではどうですか?あなたは神と選ばれ、唯一生き残ることが出来るんですよ?」 ……喜べるのか? 「えぇ」 二人だけだぞ?どうすりゃいいんだ。 「産めや増やせていいじゃないですか」 そりゃ……そうだが。 「ハハハ、もうその気でいるんですか?」 う、うるせぇな。 「僕としてはあなたに戻ってきて欲しいですねぇ。……まだしてないこともありますし。」 ……それはなんだ。 「それは、秘密ですよ。戻ってきたら教えて差し上げますよ?」 そうか、楽しみとして取っておいていいもんなのか? 「あなたにとっては分かりませんが、少なくとも僕にとっては」 ……やめとく。 「……それは残念です。……おっと、そろそろですね」 ハルヒから伝言は無いのか? 「あぁ、ありますよ。忘れてました」 ……内容は? 「『帰ってきなさい』……以上です」 またあいつもあいつらしい伝言だな。 「そうですね……では」 じゃあな。 「またな、と言って欲しいものです」 ……またな。 「……」 古泉は黙って消えていった。なんか後味悪いな。 ……さて。神人が出てきやがった。 校舎を破壊し始めやがった。 長門の元へと戻らなければ。 「おーい、長門!」 長門はその場でうずくまっている。 しかし、俺の声に反応し、体を上げる。 「……待ってた……あれは、なに」 「……わからん」 「……わたしには、あれが不安の塊に見える……」 俺は長門の手を引き、校庭目指して走る。 ……長門。お前はずっと不安だったのか? 俺と会うまでの15年間は、俺にはとてもじゃないが想像できるものじゃない。 だが、その積年の不安を俺は解消してやりたい。 しかし。しかしだな。 俺にはそれが出来ない……。 何度も考えていると自分への言い訳のように思えてくる。 言い訳でもいい。なんだっていい。 「俺は、元の世界の長門に会いたい!SOS団長のハルヒにも! ニヤケ顔が嫌で仕方なかったが、あの古泉にも! メイド服で可愛らしいあのお方にも会いたい! そこにこの世界へと改変しちまった有希もそこに加えてもいい! 俺はまだ、あの世界でやるべきことがたくさん残ってるんだ!」 「……?」 長門は意味が分からないようだ。 俺は後ろを振り向く。 神人が5,6体ほどであの時のように校舎を破壊し尽している。 ……俺は元の世界へと帰る方法を思いつく。 しかし、ギャンブル要素が多すぎる。 元の世界どころか、もっと大変な世界になってしまうかもしれない。 でも、それしか方法は無さそうだし、その方法をやるチャンスは今しかないだろう。 今を逃すと一生、元の世界へ帰れない気がする。 だから、俺は言う。 「長門、実は俺な、この世界の人間じゃないんだ。 お前は知らないだろうけど、その世界ではお前はいわゆる宇宙人なんだ。 まぁもっとも、宇宙人、なんて簡単な名前では無いがな。かなり長かったはずだ」 長門は驚く。目がいつもより見開いている。 「その世界では、俺とお前は付き合っている。いわゆる相思相愛ってやつか? だから、この世界のお前にあいつの影を合わせちまった。本当にすまん……。」 長門はさらに驚く。 気がつけば、俺と長門は校庭にいて、神人は校舎を破壊し終えかけている。 俺は立ち止まる。 「で、この世界とその世界は同じ世界なんだ。 俺は以前の世界に戻りたい。 でも、そうしたらこの世界は無くなってしまうことになるな。 それでも、俺は俺の世界に戻りたい。 ………俺の世界の 長門 に会いたいんだ!」 長門は俺の言葉を真剣な瞳で聞いている。 俺は長門の肩を掴む。 「……なに」 「俺、実は 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス 萌えなんだ」 「……」 「いつだったかの俺の世界でのお前の真っ白なワンピースは そりゃもう反則的なまでに似合っていたぞ」 「……そう」 俺は長門の肩を抱き寄せ―――キスをした。 その瞬間、いつかのような感覚が俺の身を襲った。 空気の波のようなものが俺に押し寄せる。 目の前が真っ白になり、無重力が俺の体を支配する。 そして、その無重力から解放され、地球のやさしめな重力が俺の体を押さえつける。 ……ここはどこだ? 真っ暗闇の公園。 ……元の世界に帰って来たのか? 「おかえり」 背後から聞こえる。 …… 長門 の声だ。 俺は振り向く。 「ただいま、長門」 そこには、 俺が好きだと胸を張って言える 長門が俺の目の前に立っていた。 ――――目に涙を浮かべて。 第12話『長門 有希 の憂鬱Ⅲ』~終~ キョン「次回予告! とうとう元の世界に帰って来れた俺!」 長門「本当に……よくやった」 キョン「長門!」ギュッ 長門「……次回の主人公は……わたし」ギュ キョン「……え?」 長門「……さみしかった」 キョン「……長門……」 長門「第13話『 長門 有希の憂鬱Ⅰ』」チュ キョン「……乞うご期待!」 次回は伏線を回収するぜ 第13話
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藤林長門守 4MAX 7764/7622/7073 --
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「ホワイトカレーよ!カレーなのに白いのよ!不思議だわ! SOS団として、この不思議を見逃すわけにはいきません。 今日はみんなでホワイトカレーを食べましょう!」 今日も無駄にテンションが高い我らがSOS団団長が高らかに言い放った。 要するにお前が食ってみたいだけだろうが。 CMを見た妹が騒いだ我が家では発売から早々に食卓に並んだが、味は結局ただのカレーだぞ。 「はあ……ホワイトカレー、ですかあ……?」 朝比奈さんはしきりに首を傾げている。この愛らしいお方はCMを見たことがないのかもしれない。 「いいですね」 こんなとき決まってハルヒに賛同するのはイエスマン古泉だ。もちろんニヤケ面スマイルつきで。 「ちょうど僕の知り合いがハ○スに勤めていまして、つい最近家に結構な量のルーが送られてきたんです」 お前の話はどこまで本当なのかわからんから俺はもう一々考えたりしないからな。 「じゃあ決まりね。あたしが作るから、古泉君は有希の家にルー持ってきてちょうだい」 「了解しました」 待て待て、長門の家でやることは決定済みなのか? 長門が反対するとも思えないが、それでも一応家主の許可を得てからにしろ。 「問題ない」 ……随分きっぱりと言い切ったもんだな。お前カレーに反応しただろう。 「それじゃあ7時に有希の家に集合ね!遅れたら死刑だから!」 お約束の台詞と共に一時解散となった。やれやれ。 * * * 「……味は普通のカレーと大差ないわね、ちょっと辛さは物足りないけど。 特に不思議な味はしないわ。ま、こんなもんかしら」 自分の作ったホワイトカレーを食べたハルヒは一瞬眉を顰めたが 結局はいつもの満足そうな笑顔を浮かべていた。 「ふわあ~、涼宮さん、このカレーすっごくおいしいです~!」 「ええ、さすがは涼宮さんですね。これほどおいしいカレーは初めて食べますよ」 カレーなんて誰が作ったってそこそこの味はするもんだがな。 それにしてもハルヒの作ったカレーはまったく腹が立つことに半端じゃなくうまかった。 上品にスプーンを口に運ぶ言葉丁寧組二人を尻目に、 ハルヒと俺はすでに二杯目を平らげて三杯目に突入しようとしていた。……ん? 「長門、どうした?具合でも悪いのか?」 長門は大好物のカレーを目の前にしてスプーンすら握っていない。 「有希っ、おかわりならたくさんあるんだから!じゃんじゃん食べちゃいなさい!」 「――こと」 何?よく聞こえなかった。すまんがもう一度頼む。 長門の無感情な目が俺を捉えた。 きっ、という効果音が聞こえたような気がするのは俺の気のせいだ。 何故だろう……長門がとても怖い。 「これは一体どういうこと。今日はホワイトカレーつまりカレーを食べるという話だったはず。 カレーとは日本語で茶色と定義される色もしくはそれに準じる色をしている。 しかしこれは白ホワイトクリーム色もしくはそれに近似する色をしている。 私が知るカレーの色とこの色は決して結びつくことがない。なぜ。 カレーという名がつくのになぜカレーの色をしていないの」 ここで長門は宇宙人カミングアウト時並みのマシンガントークを一旦切りあげ、 俺の答えを待つそぶりを見せた。 え、答えなきゃいけないのか俺? 「それは……ホワイトカレーだから、だろう。」 ホワイトなのに赤や青だったら詐欺だ。 そんなことより長門、ハルヒがぱかーんと口を開けた間抜け面でお前を見てるぞ。 古泉も朝比奈さんも似たような顔になっているし、多分俺もなんだろう。 しかし長門の暴走は止まらなかった。 「それでは理由にならない。カレーの色という概念はカレーという個体を構成する重要な要素のはず。 よってカレーの色をしていないカレーには成り得ない。つまりこれはカレーではないということになる。 ではなぜ。なぜこれはカレーの名を冠しているの。それにあなたたち」 ここで長門はぐるりと俺以外の団員の顔を見回した。 ぎぎぎ、という効果音が聞こえたような気がするのは本当に俺の気のせいだろうか。 「あなたたちはなぜ、これをカレーと呼ぶの。これはカレーではないのにも関わらず」 俺たちは全員震え上がった。あまりの恐怖に声が出ない。 朝比奈さんはともかく、震え上がるハルヒと古泉なんて滅多に見られない。 今日は珍しいことだらけだ、ぜひ別の場面で見たかったね。 今はそんなものを楽しんでる場合じゃないんだ。残念ながら俺も当事者だからな。 「あなたたちの存在、そしてこのホワイトカレーの存在はカレーの概念を狂わせる」 そして長門は決定的な一言を呟いた。 「この世界を私は認めない」 * * * こうして世界は長門によって二度目の改変が行われた。 改変に立ち会った俺たち以外は決してその事実に気がつくことはないが、 この世界はホワイトカレーの存在が綺麗さっぱり抹消された世界である。 ハルヒはというと、ホワイトカレーのことはすぐに忘れて新しいものに飛びついたから問題ない。 ……お前は本当に幸せなやつだよな。 朝比奈さんが言うには、このことによる未来への重大な影響はないそうだ。 古泉によると、カレーが絡んだ時の長門を恐れた各陣営は今回の事態を黙殺することで同意したらしい。 ホワイトカレーをカレーと呼んでしまった俺たちはというと、 古泉が知り合いだか機関だかを通して手に入れた 大量のカレーレトルトパックを差し出すことで許してもらった。 そう、未来への影響はない。 ただひとつ、ハ○スの食品開発者の方々の努力が水泡に帰したことを除いては。 俺と朝比奈さんと古泉はそっと手を合わせた。 ハウ○のみなさん、本当にごめんなさい、と。 終わり。
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autolink SY/W08-T14 SY/W08-083 カード名:水着のハルヒ&長門 カテゴリ:キャラクター 色:青 レベル:1 コスト:0 トリガー:0 パワー:4500 ソウル:1 特徴:《団長》?・《宇宙人》? 【自】 このカードが手札から舞台に置かれた時か「チェンジ」で舞台に置かれた時、あなたは他の自分のキャラを1枚選び、そのターン中、次の能力を与える。『【自】このカードが舞台から控え室に置かれた時、あなたはこのカードをこのカードがいた枠にレストして置いてよい。』 TD:ハルヒ「みんな揃ってるわね」 U:ハルヒ「…そうね。まずは泳ぎね」 レアリティ:TD U illust.- 初出:メガミマガジン2006年9月号 2009/11/16 今日のカード 青ひげファーマシーをCIPで内包したキャラ。 カウンターとしての性能は失っているとは言え、パワー4500のキャラに付属というのは破格の性能と言える。 肝心の能力の使い方としては、主力キャラを対象として相手のカウンターなどへの対策とするほか、相討ち持ちやチャンプアタッカーを場に残しつつのフロントアタックに持っていける。 また、梧桐の姫君 美緒や負けず嫌い伊織のような場キャラを犠牲にする代わりに大幅なパンプ値を誇るCXシナジーを実質ノーデメリットで使用することも可能。 また、チェンジで登場すれば実質キャラ1体に『アンコール(①)』を与えることができる。 ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 スイカを食べる長門 0/0 2000/1/0 青 チェンジ元
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目が覚めた。 「…」 起き上がる。 どうやらベッドに寝転びながらウダウダしているうちに寝てしまったらしい。 窓の外を見ると、空が赤くなっていた。もう夕方だ。 あ~……、せっかくの日曜日を無駄に過ごしてしまった気がする。 「寝るという行為は幸福の象徴」と言う人がいる。俺も賛成だ。 だが、眠くもなかったのに寝てしまった場合の睡眠は幸福のうちに入らない。 起きたときの「よく寝たァ~」という清涼感は皆目無く、無闇に口の中がネトネトして身体全体が怠いだけだ。 寝て疲れることほど生産性の低い行為は無い。温泉行って疲れて帰ってくるようなもんだからな。 自分でも解るほどの仏頂面で、頭を掻き、涎を拭う。 腹減ったなァ………。 ブブブブッ 「お?」 ケータイが鳴った。 誰だ? ブブブブッ めんどくせえな、と思いながらも重たい腰を上げケータイをとる。 発信者を確認せずに電話に出た。 「あい?」 寝起きのせいで発声がバグった。 改めて言い直す。 「はい?」 「………」 無言。 だが、俺はその無言に覚えがあった。 おそらく受話器の向こう側にいる人物は…。 「長門か?」 「…話がある」 長門の声だ。 話? 「家に来て」 長門………。 「わかった。すぐ行く」 言って思い出した。自転車。 「悪い、ちょっと遅れる。いや…だいぶ…、とにかく待ってろ」 俺は電話を切り。部屋を出ようとして、ストップ。 隅に置かれた紙袋に目が行く。 …勢いで買ってしまったが……。持っていこう。そのために買ったんだからな。 紙袋を引っ掴んで階段を駆け下りた。 クソ、長門のマンションまで自転車を飛ばして20分かかるかどうかだってのに…! また俺の足が死ぬ羽目になる。 リビングにいる母親と妹に「ちょっと出かけてくる。夕飯はいらないから」とだけ言い残し、俺は家を飛び出した。 長門のマンション。 しんどかった。今日一日でどんだけ歩いたんだ俺は。 息を整えながら、セキュリティーシステムの前に来る。 …708号室…だったな。 『…』 出たのは無言の長門。 「俺だ」 言った瞬間にドアが開かれる。 意外とすんなり開いた。まるで、待ち構えていたかのように。 長門の部屋に向かう途中、俺は長門の『話』とやらのことを考えていた。 『話』の内容。見当はついている。 何故だか胸が落ち着かない。ドキドキしてるのか?俺。 落ち着かない気持ちのまま、部屋の前に着いてしまった。 「…フゥ」 息をつき、インターホンを押す。 ガチャ 「よう」 長門は、相変わらずの無表情で俺を迎えた。 「入って」 中に入り、リビングに通される。 すると、そこには先客がいた。 「こんばんわ」 朝倉だ。 「お前も来てたのか」 もしかしたら居るかなと思ってはいたが、少し驚く。 「そう。長門さんの『話したい事』っていうのは、私にも関係があることだから」 首を傾け、手のひらを合わせながら言う。 「お前にも?」 「ええ。…とりあえず座ったら?」 リビングの入り口で突っ立っていた俺に笑いながら言った。 俺が座ると、長門がお茶を持ってきた。 「サンキュー」 俺がお茶を受け取ると、向かい合って座る。 「…」 無表情で俺を見つめる。 朝倉も、微笑みながら俺と長門を見つめるのみで、何も言ってこない。 とりあえずお茶を一口飲み、切り出した。 「話…って、なんだ?」 「私の正体」 「…」 やっぱり…な。 「以前、あなたに話した事と一部重複する部分がある」 長門は続けた。 「情報の伝達に一部齟齬が生じるかもしれない、でも聞いて」 まっすぐな目で俺を見つめてくる。 何故、今になって話すのか。解らないが、長門が話してくれるのならば、それでいい。 「わかった」 俺も長門の目を見る。 「話してくれ」 「…」 しばらく黙っていた長門だが、やがて静かに語り出した。
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昼休み、ハルヒは昨日置き忘れた財布を取りにいくため、部室に向かっていた。 「もう!財布がなきゃ学食が買えないじゃない!」 蝶番が可哀相なくらい勢いよく部室のドアを開けるとそこには先客がいた。 「有希じゃない」 窓際でぽつんとパイプ椅子に座っていた長門は、今まで食べていた コンビニ弁当に向けていた無感動な目を、たった今入ってきた少女に向けた。 「いつもここでお昼食べてるの?」 「そう」 ハルヒは柔らかな光を受ける長門の顔をじろじろ見た後、 彼女の手のコンビニ弁当を見て表情を変えた。 「っ有希!あなたもしかして毎日コンビニ弁当だったりする!?」 静止していた頭がかすかに動く。 「ダメよ!育ち盛りの高校生が毎日そんなんじゃ!だからそんな細いままなのよ!!」 長門が何か反応を返す前に、ハルヒは長門の手を右手で、 長机の上に放置されていた財布を左手でわしづかみにした。 「学食行くわよ学食!今日は私がおごったげるからじゃんじゃん食べなさい!!」 長門は左手にコンビニ弁当を、箸を持った右手をハルヒにつかまれたまま、 自分の手を強引に引いて走り出す少女に抵抗することもなく、足を動かし始めた。 学食の机に向かい合わせで座る二人の間には、カレーと定食Aとサラダとデザートが 美味しそうな匂いと湯気を立ち上らせながらずらりと並んでいた。 ちなみにカレーは長門が指定したもの、定食Aはハルヒの昼食用のもの、 サラダとデザートはハルヒが長門に食べさせるために独断で注文した。 長門が代金を払おうとするのをハルヒは強引に止めて、全ての代金を自分で支払った。 「さ!食べて!遠慮はいらないわよ」 長門は目の前に置かれたスプーンを手にとると、そのスプーンをカレーライスに ゆっくり差し込み、カレーのからむライスをすくいあげて、自らの口に運んだ。 「美味しい?」 ハルヒが長門に問いかける。 長門はスプーンを口から出し、咀嚼し飲み込むと、よく見ていないとわからない程度に頷いた。 「そう、よかった。今日は好きなだけ食べなさいよ」 ハルヒは満足そうに微笑みながら言った。 長門は、先ほどとほとんど同じ動きでカレーライスをすくいあげると、 それをハルヒの顔の前にもっていった。 「?くれるの?」 ハルヒは少し驚いた様子でスプーンを差し出す少女を見る。 首がかすかに上下するのを見てハルヒは少し不思議に思いながらも 「じゃあいただこうかしら」 と言うと、横髪を手でおさえながらスプーンを口に入れた。 長門はスプーンがハルヒの口に入っていく光景を、人形のように静止したまま見つめた。 ハルヒはスプーンから口を離すと 「ちょっと甘いわねえ…私はもっと辛いほうが好きだわ」 と口をもぐもぐさせながら言った。 「よくわからないけどありがとね有希。でも残りはあなたが食べなさいよ!」 ハルヒはそう言いながら割り箸を小気味のいい音を立てて割ると、 自分の昼食である定食を食べ始めた。 長門はハルヒが定食に集中しているのを確認するように見つめた後、 ハルヒの口にカレーライスをからめとられて、今は何ものっていないスプーンの先端を軽くなめた。 そしてすぐにカレーライスをすくうと、ハルヒと同じようにもくもくと食べ始めた。 おわり